C51 61

 新製配置は名古屋局、名古屋機関区時代に除煙効果と燃料節約のための試験のため流線型を思わせるスタイルに改良され試験が行われました。そののち、デフレクター、給水温め器が装備されました。稲沢、金沢を移動し、最後は福島で1958年9月まで活躍した。最後のころはボックス動輪に換装されていた。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:〇 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時浜松工)
 デフレクター:名鉄型1936年3月以前
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:浜松工1933年12月(名古屋庫 配置表)
 給水配管:=型 竪型 浜工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:1段
 梯子:前寄り
 圧縮空気冷却管:左側3往復、右側4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→5階音
 動輪:17本スポーク動輪→ボックス動輪
 運転室:拡張あり、前側窓前期位置、後側窓後方へ移動
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:型式入り(戦前)→型式無し
 その他:ボックス動輪への換装は1955年頃

車歴
 製造: 汽車製造 No.586
 使用開始: 1922年5月24日 名古屋局
 改番: 1928年10月1日 18960→C5161
 配置: 1931年1月31日 名古屋庫
 借入: 1933年9月 借入 米原庫
 返却: 1933年11月 返却 名古屋庫
 移動: 1938年3月 名古屋区→稲沢区
 移動: 1939年11月 稲沢区→金沢区
 移動: 1940年9月27日 金沢区→福島区
 移動: 1949年3月 福島区→福島第一区(奥羽本線米沢電化により機関区分割のため)
 配置: 1949年11月1日 福島第一区
 配置 休車中: 1950年4月1日 現在 第一種休車 福島第一区
 配置 休車中: 1950年8月1日 現在 第一種休車継続中 福島第一区
 配置: 1950年12月1日 福島第一区
 配置: 1954年4月1日 福島第一区
 廃車: 1958年9月2日 福島第一区 総裁達420

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5161デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 懐想の蒸気機関車 久保田博 交友社
 ※3 SLと共に
 ※4 汽車半世紀
 ※5 追憶の汽車電車 高田隆雄写真集
 ※6 蒸気機関車写真集 機関区と機関車31 C51上
 ※7 全盛期の蒸気機関車写真集U(三竿喜正)
 ※8 鉄道ピクトリアル103(1960-2)
 ※9 杵屋栄二写真集 汽車電車 1934−1938
 ※10 Rail No.36
 ※11 蒸気機関車EX Vol.41
 ※12 国鉄蒸気機関車史 高木宏之
 ※13 鉄道ファンNo.244(1981-8)
C51 62

 戦前は明石で、1940年頃に九州に移動し活躍しました。終戦のころは長崎にいて、原爆投下時は救援列車を牽引した可能性があります。1954年には廃車となり、教習用としてカットボディーとなり教習所に展示、1958年の関門トンネル博覧会に出品のため移動し、その後は門司機関区の片隅で保管され、1972年ころみ解体となりました。1972年頃に長崎で救援列車を牽引した機関車を保存する話があり、選ばれていたら現在も保存されていたかもしれません。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側、テンダー:右側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時鷹取工)
 デフレクター:大鉄型(曲)1935年3月以前
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:鷹取工1934年3月(明石庫 配置表)
 給水配管:=型 竪型 鷹取工
 排気配管:前後 なし(前止弁)
 ボイラー手摺:1段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左側2往復、右側3往復→左側3往復、右側3往復
 コンプレッサー:単式→複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:拡張あり、前側窓前期位置、後側窓後方拡大
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:型式入り(戦前)→型式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.587
 使用開始: 1922年6月2日 神戸庫?
 配置: 1923年3月 神戸庫
 改番: 1928年10月1日 18961→C5162
 事故: 1930年3月 山陽本線明石庫
 配置: 1930年8月31日 明石庫
 事故: 1933年11月12日 21:04頃、山陽本線宝殿-曽根間
 移動: 1934年7月 明石庫→姫路庫
 移動: 1939年11月 姫路区→梅小路区
 移動: 1940年9月27日 梅小路区→鳥栖区
 移動: 1942年11月 鳥栖区→長崎区
 配置 休車中: 1954年10月1日 現在 第一種休車 長崎区
 廃車: 1954年11月4日 長崎区 総裁達633

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5162デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 雑誌SL No3 交友社
 ※3 蒸気機関車No58
 ※4 西尾克三郎 ライカ鉄道写真全集Y
 ※5 鉄道ファンNo.538(2006-2)
C51 63

 長く山田(伊勢)機関区で活躍した機関車です。廃車は1962年と、C51としては最後まで活躍した部類になります。1945年8月2日に米軍艦載機から機銃掃射を浴びて被災する亀山列車襲撃事件で被害を受けたとされる。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側、テンダー:両側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時鷹取工)
 デフレクター:斜1935年3月以前
 煙突:裾有りパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:鷹取工1936年4月〜1938年4月(山田区 配置表)
 給水配管:=型 横型 鷹取工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:1段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左側3往復、右側3往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→ドーム脇5階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:拡張あり、前側窓前期位置、後側窓後方拡大
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:型式入り(正面)、他型式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.588
 使用開始: 1922年6月3日 神戸庫?
 配置: 1923年3月 神戸庫
 改番: 1928年10月1日 18962→C5163
 配置: 1930年8月31日 岡山庫
 移動: 1931年11月 〜1932年1月 岡山庫→山田庫
 被災: 1945年8月2日 山田区 亀山列車襲撃事件
 区名変更: 1959年7月15日 山田区→伊勢区
 廃車: 1962年2月28日 伊勢 総裁達74

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5163デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 亀山列車銃撃事件は、 内地への機銃掃射(ガンカメラ)映像・改 -参宮線への機銃掃射【亀山列車銃撃事件】を参照
 ※3 蒸気機関車写真集 機関区と機関車31 C51上
 ※4 蒸気機関車写真集 機関区と機関車41 C51補C55補C54
 ※5 追憶・美しき蒸気の時代(付録C51百形 全国に求めて)杉江弘写真集
 ※6 蒸気機関車よ永遠に (杉江 弘 写真集)
C51 64

 C5163とともに山田(伊勢)機関区での活躍の長い機関車です。1960年には廃車となり、一時期鷹取工場でカットボディーとなり展示されました。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時鷹取工)
 デフレクター:大鉄型1935年3月以前
 煙突:裾有りパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:鷹取工1936年4月〜1938年4月(山田区 配置表)
 給水配管:=型 横型 鷹取工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:1段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左側3往復、右側3往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:ドーム脇5階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:拡張あり、前側窓前期位置、後側窓後方拡大
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.589
 使用開始: 1922年6月19日 神戸庫?
 配置: 1923年3月 神戸庫
 改番: 1928年10月1日 18963→C5164
 配置: 1930年8月31日 岡山庫
 移動: 1931年11月 〜1932年1月 岡山庫→山田庫
 区名変更: 1959年7月15日 山田区→伊勢区
 配置 休車中: 1960年4月1日 現在 第一種休車 伊勢区
 廃車: 1960年7月20日 伊勢 総裁達420

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5164デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 鉄道ジャーナル1976年4月号
C51 65

 廃車は1956年と早く、写真の出てこない機関車です。参宮線周辺で撮られた機関車の中で上部が湾曲する大鉄型徐煙板の不明機があり、C5165と特定した。
(廃車2か月前に関西本線東住吉区杭金踏切で発生した脱線事故はC51型であり、廃車の時期からも該当する可能性がある。ただし、大鉄デフとC53タイプテンダーを装備する形状よりC515と判断した。)

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:〇

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:?
 デフレクター:大鉄型1935年3月以前
 煙突:?
 給水温め器:本省丸型:鷹取工1931年1月以前(配置表)
 給水配管:=型
 排気配管:後々
 ボイラー手摺:1段
 梯子:
 圧縮空気冷却管:右側3往復
 コンプレッサー:
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:
 動輪:
 運転室:
 テンダー:12-17型
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.593
 使用開始: 1922年6月22日 岡山庫?
 配置: 1923年3月31日 岡山庫
 事故: 1928年7月13日 17:11頃、東海道本線吹田(操)-茨木間
 改番: 1928年10月1日 18964→C5165
 配置: 1930年8月31日 岡山庫
 移動: 1931年11月 〜1932年1月 岡山庫→山田庫
 事故: 1956年6月17日 関西本線杭金踏切脱線事故
 廃車: 1956年8月17日 山田区 総裁達536

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5165デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
C51 66

 山田、亀山で活躍したC51です。単式コンプレッサーを2個用いて、複式として使用しています。廃車が早く、写真の少ない機関車です。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側→両側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時鷹取工)
 デフレクター:本省型1935年3月以前
 煙突:裾無しパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:鷹取工1931年1月以前(配置表)
 給水配管:=型 竪型 鷹取工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:1段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左側2往復、右側3往復
 コンプレッサー:単式2機
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→ドーム脇5階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:拡張あり、前側窓前期位置、後側窓後方拡大
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.594
 使用開始: 1922年6月21日 岡山庫?
 配置: 1923年3月31日 岡山庫
 移動: 1923年8月 岡山庫→梅小路庫
 移動: 1928年9月 梅小路庫→岡山庫
 改番: 1928年10月1日 18965→C5166
 移動: 1931年11月 〜1932年1月 岡山庫→山田庫
 廃車: 1958年11月13日 亀山 総裁達591

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5166デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 鉄道ピクトリアル407(1982-8)
C51 67

 戦後は亀山で活躍しました。C5166と同じく単式コンプレッサーを2基用いて複式として使用しています。なぜか排気逆止弁のバルブが前側についています。3軸共に18本スポーク動輪となっているため、戦後廃車になったC54のスポーク動輪に振替えられている可能性があります。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側→両側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時鷹取工)
 デフレクター:本省型1935年3月以前
 煙突:化粧煙突→裾有りパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:鷹取工1940年4月〜1941年3月(亀山区 配置表)
 給水配管:=型 横型 鷹取工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:1段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左側2往復、右側3往復
 コンプレッサー:単式2機
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→ドーム脇5階音
 動輪:18本スポーク動輪(第1〜3)) 廃車C54動輪?
 運転室:拡張あり、前側窓前期位置、後側窓後方拡大
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.595
 使用開始: 1922年6月26日 岡山庫?
 配置: 1923年3月31日 岡山庫
 改番: 1928年10月1日 18966→C5167
 移動: 1931年5月 岡山庫→亀山庫
 事故: 1935年9月 関西本線にて脱線事故発生 本機破損
 事故: 1946年8月21日 23:41頃、関西本線下庄駅
 廃車: 1961年11月10日 亀山 総裁達626

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5167デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 蒸気機関車写真集 機関区と機関車31 C51上
 ※3 蒸気機関車写真集 機関区と機関車36 C51下
 ※4 蒸気機関車No58
 ※5 鉄道ピクトリアル103(1960-2)
 ※6 蒸気の時代No.82
 ※7 蒸気の時代No.89
C51 68

 戦前は大里(門司)で、終戦近くは長崎、最後は早岐に配属になっています。1935年11月の陸軍大演習ではお召列車を牽引した可能性があります。また、長崎の原爆投下時は最初の救援列車を牽引したとされています。戦後は早岐に移り、ボックス動輪、低い裾無しパイプ煙突と特異な形状となりました。北九州のボックス動輪改造はC5193と2機のみで、1955年にはボックス動輪になっていたことから戦災廃車のC59の動輪(C5963,C5993共に1949年3月9日廃車)を流用など、どのような経路で動輪が供給されたのか興味深いです。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側→両側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時小倉工)
 デフレクター:本省型1936年3月以前
 煙突:化粧煙突→裾無しパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:小倉工1934年10月(大里庫 配置表)
 給水配管:=型 竪型 小倉工
 排気配管:後々 竪型→無効化
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左側3往復、右側4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:17本スポーク動輪→ボックス動輪
 運転室:拡張あり、前側窓前期位置、後側窓後方拡大
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:型式入り(戦前)→型式無し
 その他:ボックス動輪への換装は1955年以前

車歴
 製造: 汽車製造 No.596
 使用開始: 1922年6月29日 広島庫
 移動: 1925年11月 広島庫→大里庫
 改番: 1928年10月1日 18967→C5168
 配置: 1931年3月31日 大里庫
 移動: 1940年9月 大里区→鳥栖区
 移動: 1942年1月 鳥栖区→長崎区
 運用: 1945年8月9日 原爆投下に伴う救援列車牽引
 配置: 1947年4月1日 長崎区
 配置: 1952年4月1日 長崎区
 配置: 1952年10月1日 早岐区
 廃車: 1960年10月15日 早岐区 総裁達596

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5168デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 栄光への蒸気機関車(毎日新聞社)
 ※3 九州鉄道の記憶X
C51 69

 大里(門司)、長崎、早岐と九州で活躍した機関車です。1953年頃ころ、K3タイプ門鉄デフに改造されています。最後はパイプ煙突になり、1960年に廃車になりました。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時小倉工)
 デフレクター:門鉄K-31936年3月以前
 煙突:化粧煙突→裾有りパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:小倉工1935年8月(大里庫 配置表)
 給水配管:=型 竪型 小倉工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左側3往復、右側4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:拡張あり、前側窓前期位置、後側窓後方拡大
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.597
 使用開始: 1922年7月3日 広島庫
 移動: 1925年11月 広島庫→大里庫
 改番: 1928年10月1日 18968→C5169
 移動: 1931年9月 大里庫→出水庫
 移動: 1931年11月 〜1932年1月 出水庫→大里庫
 移動: 1940年9月 大里区→鳥栖区
 移動: 1942年1月 鳥栖区→長崎区
 改造: 1953年3月 小倉工場 門(小倉工式)デフ(K-3'型)取付
 移動: 1953年8月 長崎区→早岐区
 配置: 1957年11月1日 早岐区
 廃車: 1960年11月5日 早岐区 総裁達632

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5169デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 門鉄デフ物語
 ※3 九州鉄道の記憶W
 ※4 九州鉄道の記憶X
 ※5 鉄道ファンNo.517(2004-5)
C51 70

 大里(門司)、長崎、早岐で使用された機関車です。1955年頃ころ、K7タイプ門鉄デフに改造されています。運転室窓が1枚窓でC51ではこのような改造は珍しいです。パイプ煙突は飾り帯が付き装飾されています。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(4時-11時30分、0時30分-2時小倉工)
 デフレクター:門鉄K-71935年3月以前
 煙突:裾有りパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:小倉工1935年8月(大里庫 配置表)
 給水配管:=型 竪型 小倉工
 排気配管:後々 竪型無効化
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左側3往復、右側4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:拡張あり、1枚窓
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.598
 使用開始: 1922年7月6日 広島庫
 移動: 1925年11月 広島庫→大里庫
 改番: 1928年10月1日 18969→C5170
 移動: 1940年9月 大里区→鳥栖区
 移動: 1942年1月 鳥栖区→長崎区
 配置 休車中: 1950年2月1日 現在 第一種休車 長崎区
 配置 休車中: 1950年7月1日 現在 第一種休車継続中 長崎区
 移動: 1953年8月 長崎区→早岐区
 改造: 1955年4月23日 小倉工場 入場 門(小倉工式)デフ(K-7型)取付
 配置: 1958年4月1日 早岐区
 廃車: 1963年2月1日 早岐区 総裁達34

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C5170デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 鉄道ファンNo.30(1963-12)
 ※3 蒸気機関車EX Vol.20

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