C51 261

 新製配置は仙台局、青森、秋田、大館、新津を経て、1953より長崎、鹿児島、長崎と九州で活躍する。最後は早岐で1959年に廃車となる。
1930年に羽越線、奥羽本線での超特急の試運転に使用された。
 8-20テンダーをはじめから装備し、スポーク動輪を維持したが、1956年頃に門鉄デフを装備、パイプ煙突になっている。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:○ 昭和30年代:−

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)→B型(戦前戦後:4時-11時30分土崎工)
 デフレクター:本省型→門鉄K-71936年3月以前
 煙突:化粧煙突→裾有パイプ煙突
 給水温め器:本省丸形:土崎工→本省丸新型(小倉工1958年までに換装)1931年1月以前(配置表)
 給水配管:T型 竪型
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:8-20型
 ナンバープレート:形式有(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.956
 使用開始: 1927年8月 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38960→C51261
 配置: 1931年1月31日 青森庫
 移動: 1932年3月 青森庫→秋田庫
 移動: 1932年7月 秋田庫→仙台庫
 移動: 1945年11月 秋田区→福島区
 移動: 1946年11月 福島区→大館区
 移動: 1949年9月21日 大館区→新津区
 借入: 1953年7月26日 借入 長崎区 返却せず 
 移動: 1954年2月1日 新津区→鹿児島区
 借入: 1954年3月 借入 長崎区 返却せず
 移動: 1954年9月16日 鹿児島区→長崎区
 配置: 1955年8月1日 長崎区
 配置: 1956年1月 早岐区 小倉工場 門(小倉工式)デフ(K-7型)取付
 配置: 1957年11月1日 長崎区
 配置: 1958年4月1日 長崎区
 配置: 1959年4月1日 早岐区
 廃車: 1959年11月27日 早岐区 総裁達629

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51261デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 Rail No.120
 ※3 国鉄蒸気機関車史 高木宏之
 ※4 蒸気の時代No.7
C51 262

 新製配置は仙台局、青森、秋田、横手を経て、1950年より秋田で活躍する。最後は米沢で1961年に廃車となる。
 8-20テンダーをはじめから装備し、末期はボックス動輪を装備した。1947年8月にお召し先行列車を牽引する。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:○ 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)
 デフレクター:本省型1935年3月以前
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:土崎工1931年1月以前(配置表)
 給水配管:ミ型 竪型
 排気配管:前後 ストレート
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:18本スポーク動輪→ボックス動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:8-20型
 ナンバープレート:形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.957
 使用開始: 1927年8月 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38961→C51262
 配置: 1931年1月31日 青森庫
 移動: 1932年4月 青森庫→秋田庫
 移動: 1945年11月 秋田区→横手区
 御召先行列車: 1947年8月14日 秋田⇔湯沢
 移動: 1950年3月3日 横手区→秋田区
 事故: 1954年1月27日 01:08頃、羽越本線小岩川駅
 配置 休車中: 1955年8月1日 現在 第一種休車 秋田区
 配置: 1958年4月1日 秋田区
 配置: 1959年4月1日 米沢区
 廃車: 1961年1月13日 米沢区 総裁達415

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51262デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 山形の鉄道情景―松木壽雄写真集 昭和30~40年代〈上〉
 ※3 蒸気機関車...健坊と語る:小田島肇
 ※4 東北の蒸気機関車 上巻(1954ー1963年)―青森を中心として樋口慶一写真集
 ※5 蒸気機関車写真集 機関区と機関車31 C51上
 ※6 完ジュラ電からSL終焉まで
 ※7 蒸気の時代No.68
C51 263

 新製配置は名古屋局、1928年11月6日に昭和天皇即位御大礼お召し列車を沼津-浜松間で牽引する。浜松、名古屋、静岡、金沢、青森を経て、1943年より福島で活躍する。1958年に廃車となる。
 8-20テンダーをはじめから装備し、戦前浜松工場整備の形状である。末期までスポーク動輪、化粧煙突を装備したと考えられる。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)
 デフレクター:本省型1936年3月以前
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:浜松工1935年1月(名古屋庫 配置表)
 給水配管:T型 竪型
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復、振止付
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:8-20型
 ナンバープレート:形式有(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.958
 使用開始: 1927年8月 浜松庫
 改番: 1928年10月1日 38962→C51263
 お召し列車牽引: 1928年11月6日 昭和天皇即位御大礼お召し列車牽引 沼津-浜松間(沼津発11:09 浜松着13:31)
 お召し列車牽引: 1928年11月27日 昭和天皇即位御大礼お召し列車牽引 浜松-沼津間(浜松発10:00 沼津着12:21)
 移動: 1931年11月 浜松庫→名古屋庫 1931年11月〜1932年1月
 移動: 1940年2月 名古屋区→静岡区
 移動: 1940年8月 静岡区→金沢区
 移動: 1942年11月15日 金沢区→青森区
 移動: 1943年2月26日 青森区→福島区
 移動: 1949年3月 福島区→福島第一区
 配置: 1954年4月1日 福島第一区
 廃車: 1958年9月2日 福島第一区 総裁達420

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51263デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 SLと共に
 ※3 汽車半世紀
 ※4 蒸気機関車EX Vol.41
 ※5 鉄道ファンNo.244(1981-8)
 ※6 鉄道ファンNo.307(1986-11)
C51 264

 新製配置は名古屋局、浜松、名古屋、静岡、金沢、長岡、奈良を経て、1951年より梅小路に配属となり1962年まで活躍する。
 8-20テンダーをはじめから装備し、最後までスポーク動輪、化粧煙突を維持する。265とは兄弟機で、配置も似ているが、給水温め器の配管に違いが見られる。

写真
 新製時:− 戦前写真:〇 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)→A’型(戦後:8時-11時30分、1時-2時)
 デフレクター:本省型1936年3月以前
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:浜松工1931年2月(浜松庫 配置表)
 給水配管:=型 横型 浜松工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復、振止付
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→ドーム脇5階音
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:8-20型
 ナンバープレート:形式有(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.959
 使用開始: 1927年9月 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38963→C51264
 配置: 1931年1月31日 浜松庫
 移動: 1931年10月 浜松庫→名古屋庫
 移動: 1931年12月 〜1932年1月 名古屋庫→浜松庫
 移動: 1933年4月 浜松庫→名古屋庫
 移動: 1940年2月 名古屋区→静岡区
 移動: 1940年9月 静岡区→金沢区
 移動: 1942年9月25日 金沢区→長岡区
 事故: 1942年11月23日 長岡区にて事故被災
 移動: 1944年9月21日 長岡区→奈良区 達791号
 移動: 1951年7月11日 奈良区→梅小路区 達345号
 配置: 1957年11月1日 梅小路区
 廃車: 1962年6月13日 梅小路区 総裁達264

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51264デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 蒸気機関車写真集 機関区と機関車41 C51補C55補C54
 ※3 全盛期の蒸気機関車写真集(三竿喜正)
 ※4 蒸気機関車No58
 ※5 蒸気機関車の角度
 ※6 スポーク動輪の世界 華麗なるパシフィックC51・54・55
 ※7 蒸気機関車よ永遠に (杉江 弘 写真集)
 ※8 高橋 弘作品集 蒸気機関車 その良き時代
 ※9 国鉄時代Vol.5
 ※10 国鉄時代Vol.21
 ※11 国鉄時代Vol.32
 ※12 完ジュラ電からSL終焉まで
 ※13 記憶の鐵路300景岩沙克次
 ※14 蒸気の時代No.46
 ※15 西尾克三郎 ライカ鉄道写真全集T
 ※16 タイムスリップ 東海道本線
 ※17 思い出す日本の鉄道 国鉄編 Gordon Davis
 ※18 鉄道ファンNo.155(1974-3)
 ※19 蒸気機関車形式写真集U 小野治男
 ※20 蒸気の時代No.89
C51 265

 新製配置は名古屋局と考えられるが、新潟方面に配属されている可能性あり、浜松、名古屋、稲沢、名古屋、金沢、奈良を経て、1951年より梅小路に配属となる。1962年に廃車となる。
 8-20テンダーをはじめから装備し、最後までスポーク動輪、化粧煙突を装備した。264は兄弟機であるが、給水温め器配管に違いが見られる。

写真
 新製時:− 戦前写真:〇 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)
 デフレクター:本省型1936年3月以前
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:浜松工1935年1月(名古屋庫 配置表)
 給水配管:T型 竪型→横型 浜松工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復、振止付(1955年頃に撤去)
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→ドーム脇5階音
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:8-20型
 ナンバープレート:形式有(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.960
 使用開始: 1927年9月 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38964→C51265
 御召牽引: 1930年5月28日 〜6月1日 静岡県行幸
 配置: 1931年1月31日 浜松庫
 移動: 1931年10月 浜松庫→名古屋庫
 移動: 1938年3月 名古屋区→稲沢区
 移動: 1939年11月 稲沢区→名古屋区
 移動: 1940年9月 名古屋区→金沢区
 移動: 1945年11月21日 金沢区→奈良区 達25号
 移動: 1951年7月11日 奈良区→梅小路区 達345号
 廃車: 1962年2月28日 梅小路区 総裁達74

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51265デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 雑誌SL No3 交友社
 ※3 蒸気機関車写真集 機関区と機関車32 C51中
 ※4 蒸気機関車写真集 機関区と機関車36 C51下
 ※5 蒸気機関車写真集 機関区と機関車41 C51補C55補C54
 ※6 全盛期の蒸気機関車写真集U(三竿喜正)
 ※7 追憶・美しき蒸気の時代(付録C51百形 全国に求めて)杉江弘写真集
 ※8 追憶・美しき蒸気の時代(付録C51百形 全国に求めて)杉江弘写真集
 ※9 スポーク動輪の世界 華麗なるパシフィックC51・54・55
 ※10 蒸気機関車よ永遠に (杉江 弘 写真集)
 ※11 杵屋栄二写真集 汽車電車 1934−1938
 ※12 国鉄時代Vol.21
 ※13 蒸気機関車EX Vol.41
 ※14 蒸気の時代No.46
 ※15 世界の鉄道 別冊 明治・大正・昭和 蒸気機関車100年 朝日新聞社
 ※16 鉄道ファンNo.93(1969-3)
 ※17 蒸気の時代No.89
C51 266

 新製配置は名古屋局、浜松、名古屋、稲沢と中京圏で活躍、1947年に旭川、小樽築港と北海道に移動、1952年より新潟に移動し活躍する。1962年に廃車となる。
 三菱製であり、汽車製である265とは製造所が異なるため当初は12-17テンダーを装備していたと思われるが、写真のある新潟時代は8-20テンダーである。最後までスポーク動輪、化粧煙突を維持するが、デフが特殊で、この種類のデフは他に60、61、137,が装備していた。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)
 デフレクター:名鉄型1936年3月以前
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:浜松工1935年1月(名古屋庫 配置表)
 給水配管:T型 竪型 浜松工
 排気配管:後々 竪型→ストレート
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復、振止付(?戦前、戦後なし)
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:5階音
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:8-20型
 ナンバープレート:形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 三菱重工業 No.26
 使用開始: 1927年11月10日 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38965→C51266
 配置: 1931年1月31日 浜松庫
 配置: 1931年10月31日 浜松庫
 配置: 1932年1月31日 名古屋庫
 移動: 1938年3月 名古屋区→稲沢区
 移動: 1939年10月 稲沢区→旭川区(函館揚陸 10/29)
 配置: 1947年9月1日 旭川区
 配置: 1948年2月1日 小樽築港区
 配置 休車中: 1949年11月1日 現在 第一種休車 小樽築港区
 配置 休車中: 1950年4月1日 現在 第一種休車継続中 小樽築港区
 移動: 1952年9月15日 小樽築港区→新潟区 達647号
 休車指定: 1958年3月7日 第一種休車指定 新潟区
 休車指定: 1959年3月4日 第一種休車指定 新潟区
 配置 休車中: 1959年4月1日 第一種休車継続中 新潟区
 配置: 1960年4月1日 新潟区
 休車指定: 1962年5月1日 第一種休車指定 新潟区
 廃車: 1962年10月26日 新潟区 総裁達518

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51266デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 雑誌SL No3 交友社
 ※3 蒸気機関車写真集 機関区と機関車32 C51中
 ※4 蒸気機関車写真集山下節夫
 ※5 全盛期の蒸気機関車写真集U(三竿喜正)
 ※6 追憶・美しき蒸気の時代(付録C51百形 全国に求めて)杉江弘写真集
 ※7 鉄道ジャーナル1976年4月号
 ※8 国鉄時代Vol.21
 ※9 蒸気機関車EX Vol.45
 ※10 蒸気の時代No.34
 ※11 なつかしい蒸気機関車 田沢義郎
 ※12 日本の蒸気機関車 植松宏嘉 田沢義郎 鉄道写真集
 ※13 鉄道ファンNo.15(1962-9)
C51 267

 新製配置は神戸局、明石、宮原、梅小路、福知山を経て、1943年より豊岡で活躍する。1961年に米子に移動し翌年に廃車となる。
 12-17テンダーをはじめから装備し、最後までスポーク動輪を維持するが、末期はパイプ煙突であった。1930年ころの写真では、すでに給水温め器を装備しており、最も早い時期に装備した1両となる。末期は新タイプの給水温め器に変更されていた。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)
 デフレクター:大鉄型1935年3月以前
 煙突:化粧煙突→裾無しパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:鷹取工→本省丸新型(後藤工1959年以前)1931年1月以前(配置表)
 給水配管:=型→新型 横型 鷹取工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→5階音
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:12-17型
 ナンバープレート:形式有(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 三菱重工業 No.27
 使用開始: 1927年11月24日 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38966→C51267
 配置: 1930年8月31日 明石庫
 移動: 1934年7月 明石庫→宮原庫
 配置: 1935年5月31日 宮原庫
 配置: 1935年7月31日 梅小路庫
 移動: 1942年1月 梅小路区→福知山区
 移動: 1943年8月 福知山区→豊岡区
 移動: 1945年8月 豊岡区→豊岡区和田山支区
 配置: 1951年3月1日 豊岡区和田山支区
 借入: 1951年9月13日 借入 新津区(着 9/15)
 移動: 1961年2月 豊岡区和田山支区→米子区
 廃車: 1962年2月28日 米子区 総裁達74

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51267デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 阪神間鉄道回顧録
 ※3 魅惑のC51 鉄道模型人 2 とれいん6月号増刊
 ※4 明石機関庫記念写真
 ※5 蒸気機関車写真集 機関区と機関車32 C51中
 ※6 蒸気機関車写真集 機関区と機関車36 C51下
 ※7 国鉄時代Vol.22
 ※8 蒸気の時代No.46
 ※9 蒸気の時代No.78
 ※10 西尾克三郎 ライカ鉄道写真全集U
 ※11 蒸気機関車形式写真集U 小野治男
C51 268

 1927年に三菱重工業で製造されました。新製配置は神戸局、明石、宮原、梅小路、福知山を経て、1943年より豊岡で活躍します。最後は播但線用にとして使用され、1962年に廃車となります。C53型と同じ12-17型テンダーをはじめから装備し、最後までスポーク動輪を維持してましたが、パイプ煙突になったのは残念です。デフは取り付け当初は前後に長かったのですが、戦後短くなっています。給水温め器の装備は遅く1938年に装着されました。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)
 デフレクター:大鉄型1935年3月以前
 煙突:化粧煙突→裾無しパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:鷹取工1936年4月〜1938年4月(梅小路区 配置表)
 給水配管:=型 横型 鷹取工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→5階音
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:12-17型
 ナンバープレート:形式有(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 三菱重工業 No.28
 使用開始: 1927年11月24日 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38967→C51268
 配置: 1930年8月31日 明石庫
 移動: 1934年7月 明石庫→宮原庫
 配置: 1935年5月31日 宮原庫
 配置: 1935年7月31日 梅小路庫
 移動: 1942年10月 梅小路区→福知山区
 移動: 1943年9月 福知山区→豊岡区
 移動: 1945年8月 豊岡区→豊岡区和田山支区
 廃車: 1962年2月28日 豊岡区 総裁達74

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51268デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 雑誌SL No3 交友社
 ※3 鉄道datafile 76
 ※4 鉄道ファンNo.30(1963-12)
 ※5 Rail No.36
 ※6 国鉄蒸気機関車史 高木宏之
 ※7 蒸気の時代No.18
 ※8 蒸気の時代No.78
C51 269

 新製配置は神戸局、明石、宮原、梅小路、福知山を経て、1943年より米子で活躍します。
 12-17型テンダーをはじめから装備し、最後までスポーク動輪でした。1937年にお召予備機になり、C51276と並ぶ写真は有名ですが、写真はそれほど出てきません。1954年頃に後藤工場標修車となり集煙装置、重油タンクが取り付けられましたが1回帰の1958年には廃車となっています。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)
 デフレクター:大鉄型1935年3月以前
 煙突:化粧煙突→集煙装置
 給水温め器:本省丸型:鷹取工→落とし込み改造(1955年頃)1936年4月〜1938年4月(梅小路区 配置表)
 給水配管:=型 竪型 鷹取工
 排気配管:前後 なし(前止弁)
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→5階音?
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:12-17型
 ナンバープレート:形式有(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 三菱重工業 No.29
 使用開始: 1927年11月26日 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38968→C51269
 配置: 1930年8月31日 明石庫
 移動: 1933年9月1日 明石庫→宮原庫
 配置: 1935年5月31日 宮原庫
 配置: 1935年7月31日 梅小路庫
 移動: 1942年10月 梅小路区→福知山区
 移動: 1943年3月 福知山区→米子区
 配置: 1948年4月1日 米子区
 配置: 1948年7月1日 米子区出雲今市支区
 配置: 1949年3月1日 米子区出雲今市支区
 配置: 1950年4月1日 米子区
 配置: 1954年4月1日 米子区
 休車指定: 1958年4月1日 第一種休車指定 米子区
 廃車: 1958年11月27日 米子区 総裁達604

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51269デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 雑誌SL No3 交友社
 ※3 終戦直後の蒸気機関車
 ※4 鉄道ファンNo.30(1963-12)
 ※5 世界の鉄道 62 朝日新聞社
 ※6 鉄道ファンNo.188(1976-12)
 ※7 鉄道ファンNo.538(2006-2)
C51 270

 1927年に汽車製造(974番)で製造されます。新製配置は名古屋局、名古屋、浜松、稲沢、金沢、亀山を経て、1945年頃より米子で活躍します、1958年に吉松に移動し1964年に廃車となりました。
 12-17型テンダーをはじめから装備し、最後までスポーク動輪でした。1929年頃傾斜煙突に改造されますが後にもとに戻ります。1929年〜1946年頃まで蒸気ドーム後部が延長されていたことが確認できます。どのような改造がされたかはわかりません。1955年頃の全般検査において、後藤工場標修車となり集煙装置・重油タンクが装備され、給水温め機が落し込み改造が行われます。1958年頃にLP403と架線注意標記が行われます。吉松区転属後は集煙装置と重油タンクを撤去、煙突が裾有りパイプ煙突に交換されます。架線注意の標記もなくなりました。1960年頃には全般検査を受けフロントデッキが直線化改造されます。装備変化が多い機でした。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:○ 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側
 煙室前手摺:A型(戦前戦後:4時-11時30分、0時30分-2時新製時)
 デフレクター:本省型1936年3月以前
 煙突:化粧煙突→集煙装置→裾無しパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:浜松工→落とし込み改造(1955年頃)1936年3月(浜松庫 配置表)
 給水配管:T型→=型 竪型 浜松工
 排気配管:後々 竪型→無効化
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3、右4往復、振止付(1955年頃に撤去)
 コンプレッサー:複式
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→5階音
 動輪:18本スポーク動輪
 運転室:延長有、後窓拡大
 テンダー:12-17型
 ナンバープレート:形式有(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:斜めフロントデッキ

車歴
 製造: 汽車製造 No.974
 使用開始: 1927年11月 配属配置 不明
 改番: 1928年10月1日 38969→C51270
 配置: 1931年1月31日 名古屋庫 傾斜煙突試験改造実施 その後 原型に復帰
 移動: 1931年10月 名古屋庫→浜松庫
 借入: 1933年11月 借入 鉄道省大臣官房研究所=後の鉄道技術研究所
 返却: 1934年7月 返却 浜松庫
 移動: 1938年3月 浜松区→稲沢区
 移動: 1940年2月 稲沢区→金沢区
 移動: 1945年11月21日 金沢区→亀山区 達25号
 移動: 1946年11月 亀山区→米子区
 配置: 1947年9月1日 米子区
 配置: 1948年2月1日 米子区出雲今市支区
 配置: 1949年3月1日 米子区出雲今市支区
 配置: 1950年4月1日 米子区
 配置: 1954年4月1日 米子区 重油併燃装置取付済
 移動: 1958年10月12日 米子区→吉松区(着 12/13) 達608
 廃車: 1964年3月30日 吉松 総裁達137

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51270デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 雑誌SL No3 交友社
 ※3 私の蒸気機関車史下
 ※4 終戦直後の蒸気機関車
 ※5 蒸気機関車写真集 機関区と機関車32 C51中
 ※6 蒸気機関車No58
 ※7 鉄道ピクトリアル103(1960-2)
 ※8 Rail No.36
 ※9 国鉄蒸気機関車史 高木宏之
 ※10 鉄道ファンNo.244(1981-8)

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