C51 141

 広島局に新製配置、戦前は九州にいましたが、戦後一時的に関西方面に配置となり、すぐに鹿児島に転属する。最後は吉松で1961年に廃車となりました。
 化粧煙突を最後まで残しているものの、デッキ部分が直線化改造など鹿児島工場管内の特徴を有していました。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側、テンダー:?
 煙室前手摺:A型(戦後:4時-11時30分、0時30分-2時小倉工)
 デフレクター:鹿工1936年3月以前
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:小倉工1933年2月(鳥栖庫 配置表)
 給水配管:=型 横型
 排気配管:後々 L字管
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3往復:右?往復
 コンプレッサー:複式(戦後)
 給水ポンプ:
 汽笛:
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:延長無、窓位置後方移動
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.726
 使用開始: 1923年11月16日 三田尻庫
 改番: 1928年10月1日 28940→C51141
 移動: 1928年12月 三田尻庫→鳥栖庫
 移動: 1942年9月 鳥栖区→鹿児島区
 移動: 1944年10月12日 鹿児島区→奈良区 達862号
 移動: 1946年5月 奈良区→梅小路区
 移動: 1947年6月26日 梅小路区→熊本区 達391号
 移動: 1947年9月 熊本区→早岐区
 移動: 1949年12月 早岐区→吉松区
 借入: 1951年12月 借入 鹿児島区 返却日 不明
 廃車: 1961年2月15日 吉松 総裁達64

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51141デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
C51 142

 東京局に新製配置、戦前は高崎、尾久などに配置となりましたが、戦中に宮崎に移動し、最後は吉松で1964年に廃車となりました。
 写真に残る姿はパイプ煙突、デッキ部分が直線化改造など鹿児島工場管内の特徴を有していました。末期まで活躍したためLP403などヘッドライトが大型化されていました。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:両側、テンダー:?
 煙室前手摺:B型(戦後:4時-11時30分大宮工)
 デフレクター:鹿工
 煙突:裾無しパイプ煙突
 給水温め器:本省丸型:大宮工1931年1月以前(配置表)
 給水配管:T型 横型 大宮工
 排気配管:後々 L字管
 ボイラー手摺:左:2段、右1段(高)
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3往復:右4往復
 コンプレッサー:複式(戦後)
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:5階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:延長無、窓位置移動拡大無し
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.727
 使用開始: 1923年12月1日 東京局
 改番: 1928年10月1日 28941→C51142
 配置: 1929年12月 高崎庫
 移動: 1936年 高崎庫→田端区尾久支区
 本区に昇格: 1939年10月11日 田端区尾久支区→尾久区(本区に昇格)
 移動: 1942年1月 尾久区→宇都宮区
 移動: 1943年2月 宇都宮区→白河区
 移動: 1943年9月25日 白河区→宮崎区
 移動: 1945年10月10日 宮崎区→鹿児島区
 移動: 1948年6月12日 鹿児島区→早岐区
 移動: 1949年1月5日 早岐区→鹿児島区
 移動: 1949年12月3日 鹿児島区→吉松区
 改造: 1955年1月1日 フロントデッキのベント直線化実施済・パイプ煙突化
 休車指定: 1964年6月8日 第一種休車指定 吉松区
 廃車: 1964年11月14日 吉松 総裁達639

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51142デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 九州の蒸気機関車 門司鉄道管理局
 ※3 蒸気機関車写真集 機関区と機関車41 C51補C55補C54
 ※4 蒸気機関車68春
 ※5 蒸気機関車No58
 ※6 追憶・美しき蒸気の時代(付録C51百形 全国に求めて)杉江弘写真集
 ※7 Rail No.120
 ※8 蒸気機関車EX Vol.45
 ※9 蒸気機関車EX Vol.46
 ※10 鉄道ファンNo.240(1981-4)
 ※11 鉄道ファンNo.380(1992-12)
C51 143

 東京局に新製配置、戦前は白河の配置が長かったですが、戦後は室蘭に移動になり、1955年には廃車となりました。
 写真の少ない機ですが、東鉄型のデフを有することが確認できます。白河区配属時代に二本煙突に改造された時期があったそうです。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:−

特徴
 解放テコ:機関車:右側、テンダー:?
 煙室前手摺:B型(戦前戦後:4時-11時30分大宮工)
 デフレクター:東鉄型
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:大宮工or郡山工1934年4月(白河庫 配置表)
 給水配管:T型
 排気配管:後々
 ボイラー手摺:左:2段、右1段(高)
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左2往復:右3往復→左3往復:右3往復
 コンプレッサー:単式(戦前・戦後)
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式入(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.728
 使用開始: 1923年12月3日 東京局
 改番: 1928年10月1日 28942→C51143
 配置: 1931年1月31日 白河庫
 移動: 1943年2月28日 白河区→室蘭区(函館揚陸 3/2 53便)
 配置 休車中: 1955年1月1日 現在 第一種休車 室蘭区
 廃車: 1955年3月16日 室蘭区 総裁達104

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51143デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
C51 144

 東京局に新製配置、戦前は水戸、戦後は福島で活躍しました。廃車が1958年と早く、ほとんど写真が出てきません。末期の姿は、化粧煙突を残しているものの、ボックス動輪に改造されていました。名鉄局には配置がないのですが特徴的なデフを装備します。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側、テンダー:?
 煙室前手摺:A型(戦後:4時-11時30分、0時30分-2時大宮工)→A’型(1955年以降:6時30分-11時30分、0時30分-2時)
 デフレクター:東鉄型V
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:大宮工or郡山工1932年5月(水戸庫 配置表)
 給水配管:T型 竪型
 排気配管:後々
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左?往復:右3往復→左3往復:右3往復
 コンプレッサー:複式(戦後)?
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:5階音
 動輪:ボックス動輪
 運転室:
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.729
 使用開始: 1923年12月5日 東京局
 改番: 1928年10月1日 28943→C51144
 配置: 1931年1月31日 水戸庫
 移動: 1939年5月18日 水戸区→仙台区
 移動: 1945年11月 仙台区→福島区
 移動: 1949年3月 福島区→福島第一区(奥羽本線米沢電化により機関区分割のため)
 配置 休車中: 1958年4月1日 現在 第一種休車 福島第一区
 廃車: 1958年7月1日 福島第一区 総裁達331

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51144デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 雑誌SL No3 交友社
 ※3 鉄道青春時代―東北・常磐線
C51 145

 東京局に新製配置、戦前は水戸、戦後は新庄で活躍しました。廃車が1961年で、複数写真が出てきます。
 末期の姿は、化粧煙突、スポーク動輪を残し、ヘッドライトがLP403 を装備していました。デフレクターは東鉄型ですが、前側が斜めに切れた特徴的なデフを装備しています。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側、テンダー:?
 煙室前手摺:C型(戦前:4時〜2時大宮工)→C’型(戦後:8時30分〜2時)
 デフレクター:東鉄型U
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:大宮工or郡山工1936年3月(水戸庫 配置表)
 給水配管:T型 竪型 大宮工
 排気配管:後々 ストレート
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3往復:右3往復→左3往復:右3往復
 コンプレッサー:単式(戦前)→複式(戦後)
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:延長有、窓位置後方移動、運転室前窓改造
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式入(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.730
 使用開始: 1923年12月10日 東京局
 改番: 1928年10月1日 28944→C51145
 配置: 1931年1月31日 水戸庫
 試験: 1935年7月23日 水戸庫にて機関車制動率試験を実施した際の供試車輌の1輌
 事故: 1936年2月26日 時刻不明、常磐線隅田川構内
 移動: 1941年10月23日 水戸区→新庄区
 廃車: 1961年2月14日 新庄区 総裁達62

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51145デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 山形の鉄道情景―松木壽雄写真集 昭和30~40年代〈上〉
 ※3 雑誌SL No3 交友社
 ※4 蒸気機関車写真集 機関区と機関車31 C51上
 ※5 Rail No.120
 ※6 蒸気の時代No.68
C51 146

 東京局に新製配置、戦前は平、戦後は新庄で活躍しました。廃車が1960年で、多少写真が出てきます。1956年1月30日に奥羽本線にて急行牽引中、赤湯−糖の目にて車軸折損事故を起こしています。動輪の片側が線路下に転落する重要事故で、車体の損傷があったと思われますが、その時は廃車にならず修理されています。戦後資材難の関係より正規の材料が入手できなかったことが原因のようです。
 末期の姿は、化粧煙突、スポーク動輪を残し、デフレクターは東鉄型です。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側、テンダー:?
 煙室前手摺:C型(戦前:4時〜2時大宮工)→B型(戦後:4時〜11時30分)
 デフレクター:東鉄型
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:大宮工or郡山工1933年1月(平庫 配置表)
 給水配管:T型 竪型 大宮工
 排気配管:後々 竪型無効化
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左2往復:右3往復→左3往復:右3往復
 コンプレッサー:単式(戦前)→複式(戦後)
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:延長有、窓位置後方移動、運転室前窓改造
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式入(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.731
 使用開始: 1923年12月12日 東京局
 改番: 1928年10月1日 28945→C51146
 配置: 1931年1月31日 平庫
 故障: 1935年4月 左第二連結棒二又部に亀裂発見
 故障: 1935年6月 炭水車第一車輪タイヤに弛み発見
 借入: 1936年1月16日 借入 奈良庫
 返却: 1936年2月 返却 平庫
 移動: 1941年10月24日 平区→新庄区
 移動: 1955年3月 新庄区→米沢区
 事故: 1956年1月30日 赤湯−糖の目にて車軸折損事故発生。動輪の片側が線路下に転落
 廃車: 1960年1月27日 米沢区 総裁達26

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51146デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 山形の鉄道情景―松木壽雄写真集 昭和30~40年代〈上〉
 ※3 私の蒸気機関車史下
 ※4 蒸気機関車写真集 機関区と機関車31 C51上
C51 147

 新製配置は東京局、戦前は平、水戸、戦後は酒田で活躍しました。廃車が1954年と早く、戦前の写真が多少出てきます。
 戦前の姿は、一般的な東鉄型ですが、末期の姿は判りません。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:−

特徴
 解放テコ:機関車:右側、テンダー:?
 煙室前手摺:C型(戦前:4時〜2時大宮工)
 デフレクター:東鉄型
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:大宮工or郡山工1931年1月以前(配置表)
 給水配管:T型 竪型 大宮工
 排気配管:後々 竪型
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左2往復:右3往復→左3往復:右3往復
 コンプレッサー:単式(戦前)
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式入(戦前)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.732
 使用開始: 1923年12月15日 東京局
 改番: 1928年10月1日 28946→C51147
 配置: 1931年1月31日 平庫
 移動: 1933年12月 平庫→水戸庫
 配置: 1936年3月31日 水戸庫 その後 田端区尾久支区に移動 時期不明
 配置: 1938年4月30日 田端区尾久支区
 本区に昇格: 1939年10月11日 田端区尾久支区→尾久区
 移動: 1941年10月10日 尾久区→酒田区
 廃車: 1954年11月22日 酒田区 総裁達678

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51147デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 Rail myrail No.15
 ※3 西尾克三郎 ライカ鉄道写真全集X
C51 148

 新製配置は札幌局、戦前は平、戦後は一時期室蘭でしたが、1950年頃より亀山で活躍しました。廃車が1961年で、複数写真が出てきます。
 末期まで化粧煙突、スポーク動輪を残しましたが、最後の半年ほどパイプ煙突になっています。デフレクターは東鉄型です。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側→両側、テンダー:?
 煙室前手摺:C型(戦後:4時〜2時大宮工)
 デフレクター:東鉄型
 煙突:化粧煙突→裾無しパイプ煙突(1961年頃)
 給水温め器:本省丸型:大宮工1938年8月(尾久(分)区 配置表 )
 給水配管:T型 横型 大宮工
 排気配管:後々 竪型無効化
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左2往復:右3往復→左3往復:右3往復
 コンプレッサー:複式(戦後)
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音→ドーム脇5階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:延長有り、窓位置移動拡大無し、雨樋パイプ有り
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.733
 使用開始: 1923年12月19日 岩見沢庫
 改番: 1928年10月1日 28947→C51148
 配置: 1931年1月31日 平庫
 移動: 1936年 平庫→田端区尾久支区
 本区に昇格: 1939年10月11日 田端区尾久支区→尾久区(本区に昇格)
 移動: 1943年3月 尾久区→白河区
 移動: 1943年8月17日 白河区→室蘭区(函館揚陸 8/18 91便)
 配置 休車中: 1951年11月1日 室蘭区
 休車指定解除: 1952年2月19日 第一種休車指定解除 室蘭区
 移動: 1953年3月21日 室蘭区→亀山区
 配置: 1957年11月1日 亀山区
 廃車: 1961年1月13日 亀山 総裁達415

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51148デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 蒸気機関車写真集 機関区と機関車31 C51上
 ※3 蒸気機関車写真集 機関区と機関車41 C51補C55補C54
 ※4 鉄道ジャーナル1976年4月号
 ※5 Rail No.120
 ※6 国鉄時代Vol.17
 ※7 蒸気の時代No.89
C51 149

 新製配置は札幌局、戦前は平、戦後は新庄を経て新津で活躍しました。廃車が1963年で、比較的写真が出てきます。
 末期はパイプ煙突、LP405シールドビーム装備に変化しましたが、最後までスポーク動輪を残しました。デフレクターは当初東鉄型を装備していました。

写真
 新製時:− 戦前写真:○ 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側、テンダー:両側
 煙室前手摺:C型(戦前:4時〜2時大宮工)→B型変形(戦後:5時〜11時)
 デフレクター:東鉄型→長工
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:大宮工1931年1月以前(配置表)
 給水配管:T型 竪型 大宮工
 排気配管:後々 ストレート
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左2往復:右3往復→左3往復:右3往復
 コンプレッサー:単式(戦前)→複式(戦後)
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音(戦前)→5階音(戦後)
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:延長有、窓位置後方移動
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式入(戦前)→形式無し(戦後)
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.734
 使用開始: 1923年12月26日 岩見沢庫
 改番: 1928年10月1日 28948→C51149
 配置: 1931年1月31日 平庫
 故障: 1935年6月 第一動輪右タイヤに弛み発見
 配置: 1936年3月31日 平庫 その後 田端区尾久支区に移動 時期不明
 配置: 1938年4月30日 田端区尾久支区
 本区に昇格: 1939年10月11日 田端区尾久支区→尾久区(本区に昇格)
 移動: 1941年11月1日 尾久区→新庄区
 配置: 1948年2月1日 新庄区
 配置: 1948年7月1日 現状 大館区
 移動: 1949年9月18日 大館区→新津区
 廃車: 1963年12月18日 新津区 総裁達631

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51149デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 蒸気機関車の記録T(昭和32〜38年)辻坂明浩
 ※3 蒸気機関車写真集 機関区と機関車31 C51上
 ※4 蒸気機関車写真集 機関区と機関車36 C51下
 ※5 蒸気機関車写真集 機関区と機関車36 C51下
 ※6 蒸気機関車写真集山下節夫
 ※7 蒸気機関車No58
 ※8 鉄道ジャーナル1976年4月号
 ※9 スポーク動輪の世界 華麗なるパシフィックC51・54・55
 ※10 国鉄時代Vol.21
 ※11 東北の汽笛(1958〜1978)星良助写真集
 ※12 蒸気の時代No.34
 ※13 西尾克三郎 ライカ鉄道写真全集X
C51 150

 汽車会社製、新製配置は札幌局、白河、小山を経て1945年より早岐で活躍する。1955年には若松に移り1960年には廃車となる。末期まで化粧煙突、スポーク動輪を残しました。デフレクターは東鉄型です。
 早岐区時代は単式コンプレッサを2基使用していたらしいが、1958年頃の写真では複式コンプレッサを装備している。

写真
 新製時:− 戦前写真:− 昭和20年代:− 昭和30年代:○

特徴
 解放テコ:機関車:右側、テンダー:?
 煙室前手摺:C型(戦後:4時〜2時大宮工)
 デフレクター:東鉄型
 煙突:化粧煙突
 給水温め器:本省丸型:大宮工or郡山工1936年3月(白河庫 配置表)
 給水配管:T型 竪型 大宮工
 排気配管:後々 竪型無効化
 ボイラー手摺:2段
 梯子:標準位置
 圧縮空気冷却管:左3往復:右3往復
 コンプレッサー:複式(戦後)
 給水ポンプ:標準位置
 汽笛:3階音
 動輪:17本スポーク動輪
 運転室:延長有り、窓位置移動拡大無し、雨樋パイプ有り
 テンダー:8-17台形
 ナンバープレート:形式無し
 その他:

車歴
 製造: 汽車製造 No.735
 使用開始: 1924年2月8日 岩見沢庫
 改番: 1928年10月1日 28949→C51150
 配置: 1931年1月31日 白河庫
 事故: 1935年3月4日 01:31頃、東北本線下野豊原(現 豊原)-白坂間
 配置: 1940年3月31日 白河区
 移動: 1943年9月 白河区→小山区
 移動: 1945年10月31日 小山区→早岐区
 配置: 1950年4月1日 早岐区
 配置 休車中: 1950年7月1日 現在 第一種休車 早岐区
 移動: 1950年9月 第一種休車指定解除 早岐区→若松区
 廃車: 1960年11月5日 若松区 総裁達632

参考資料
 ※1 車歴は、 機関車データベース (形式C51) -C51150デゴイチよく走る!を参考に、その他資料等より補填、修正した。
 ※2 魅惑のC51 鉄道模型人 2 とれいん6月号増刊
 ※3 蒸気機関車写真集 機関区と機関車32 C51中
 ※4 蒸気機関車写真集 機関区と機関車36 C51下
 ※5 鉄道ジャーナル 通巻34(1970-4)
 ※6 鉄道ファンNo.133(1972-5)
 ※7 蒸気の時代No.90

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