<宮城県 >
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仙台市交通局 31 Googleで検索 @所在地 宮城県 仙台市 個人所有 A車歴 製造: 1934年 日本車輌 B保存に関わる情報 C参考
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仙台市交通局 125 Googleで検索 @所在地 宮城県 仙台市 個人所有 A車歴 製造: 1952年 新潟鉄工所 B保存に関わる情報 C参考
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仙台市交通局 405 Googleで検索 @所在地 宮城県 仙台市 個人所有 A車歴 B保存に関わる情報 C参考
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C60 1 Googleで検索
       
       
        やまてつ:2012年9月23日撮影 周囲の生垣が撤去されており写真が撮りやすくなりました。地下鉄東西線工事の関係で移転するという話があり、貴重な車輌のため整備してもらいたいものです。 @所在地 宮城県 仙台市青葉区 桜ヶ丘公園1−3 西公園(仙台市民会館前) Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1941年9月5日 日立製作所笠戸工場 No.2120 配置: 1943年3月31日 姫路 配置: 1947年3月1日 姫路第二 配置: 1953年3月1日 姫路第二 C5927より改造: 1953年11月6日 浜松工場 配置: 1953年11月6日 尾久 移動: 1954年9月17日 盛岡 さよなら列車: 1968年9月29日 盛岡〜青森 廃車: 1968年10月1日 盛岡 走行距離: 2,356,698km 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県仙台市長 1969年5月5日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 C60 1(汽車・電車1971年〜保存車のページ) 2014年9月から2015年3月にかけて整備され、屋根がつきました。
Dアスベストについての対応
布巻配管の破損個所をアルミ箔を巻きつけ補修されていた。
E参考資料
鉄道ファン No.97(1969-7) P86 郡山工場のC601、仙台市に貸付が決まったC601
蒸気機関車 No27(73-9) P28-31 東北のC60・C61 柏木璋一
蒸気機関車 No50(77-7) P28-29 仙台の保存機を見て 編修部
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クモヤ90 55 Googleで検索
       
    佐藤平:2005年1月30日撮影 本日仙台市内に残る国電改造の事業用車輌クモヤ90055号車を撮影してきました。まずは設置場所探しですが、一度見たのは随分前だったので記憶が曖昧で探すのに苦労しました。30分以上探し解体されたのかな?と思い始めたときにようやく見つけた次第です。肝心の車体は台車やパンタグラフはないものの、車体は塗装の剥離や腐食などは進んでいる物の放置されている割には比較的良好な方だと思います。この車輌は、モハ72型から改造された車輌で以降仙石線陸前原ノ町電車区に在籍し89年頃廃車され塩釜埠頭の解体線に送られそこからここに移送されていきたようです。当初は市民広場のような物を作り、この車体はカラオケ店に使用する予定だったようですが、現在では看板にその名残をとどめるだけで、現在は資材置き場の倉庫として利用されているようです。 @所在地 宮城県 仙台市青葉区 芋沢字赤坂 赤坂いこいの森 A車歴 製造: 1947年8月 日本車量 : モハ63181 改番: モハ72248 改造: 1971年4月 クモヤ90055 廃車: 1987年2月 仙台鉄道管理局陸前原ノ町電車区 B保存に関わる情報 C参考
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サシ581 6 Googleで検索 @所在地 宮城県 仙台市青葉区 青葉区 電車喫茶ウィンズ A車歴 B保存に関わる情報 C参考
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サシ581 8 Googleで検索 @所在地 宮城県 仙台市青葉区 青葉区 電車ラーメン・ポイント A車歴 B保存に関わる情報 C参考
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仙台市交通局 39 Googleで検索 解体: 2004年
   やまてつ:2003年8月10日撮影 @所在地 宮城県 仙台市宮城野区 燕沢2-3 善応寺 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 当初は子供図書館として利用、現在は倉庫です。古いタイプの市電です。
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C61 1 Googleで検索 解体: 1995年7月
     やまてつ:1994年3月撮影 1994年頃撮影、ピットがあり機関車下部も観察できるようになっていた。塗装が相当期間行われておらず、テンダーには穴が空いていた。 @所在地 宮城県 仙台市若林区 木ノ下 JR東日本研修センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1947年11月30日 三菱重工 No.640 改造: D51615 改造(D51615から): 1947年11月30日 三菱 配置: 1947年11月30日 尾久 配置: 青森 移動: 1966年3月16日 仙台 廃車: 1966年8月5日 仙台 保存開始: 1967年3月1日 B保存に関わる情報 C参考 移転の関連もあり、解体されてしまった。施設は現在もあるのだが、同時期に仙台ガス局のD511108、C58365、C11351が利府に移転、こちらの車両のほうが貴 重(トップナンバー)なのに・・・ただ、状態は悪かった。
E参考資料
蒸気機関車 No27(73-9) P28-31 東北のC60・C61 柏木璋一
蒸気機関車 No50(77-7) P28-29 仙台の保存機を見て 編修部
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仙台市交通局 1 Googleで検索
  やまてつ:2003年7月25日撮影 @所在地 宮城県 仙台市太白区 富沢字中河原2-1 仙台市電保存館 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 川崎車両 営業開始: 1926年11月25日 仙台市交通局 改造: 1942年5月 戦時輸送のため座席を10人 改造: 1951年5月 ポール式からビューゲル式に 廃車: 1926年9月 保存: 1969年6月 西公園 交通局北ニ車庫に搬送: 1975年10月 復元終了: 1976年3月25日 B保存に関わる情報 C参考 仙台市交通局 1 (汽車・電車1971年〜保存車のページ)
E参考資料
鉄道ファン No.343(1989-11) P121 仙台七夕パレードの話題
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仙台市交通局 123 Googleで検索
  やまてつ:2003年7月25日撮影 @所在地 宮城県 仙台市太白区 富沢字中河原2-1 仙台市電保存館 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1952年7月 新潟鉄工所 B保存に関わる情報 C参考 仙台市交通局 123 (汽車・電車1971年〜保存車のページ)
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仙台市交通局 415 Googleで検索
  やまてつ:2003年7月25日撮影 @所在地 宮城県 仙台市太白区 富沢字中河原2-1 仙台市電保存館 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1963年4月 日本車輌 B保存に関わる情報 C参考 仙台市交通局 415 (汽車・電車1971年〜保存車のページ)
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長崎電気軌道 1053 Googleで検索
        佐藤平:2012年9月23日撮影 長崎から里帰りした仙台市電100型119号車の画像です。場所は、宮城県太白区秋保温泉入口付近(旧秋保電鉄秋保温泉駅跡)です。画像は大体の部分は撮影してあります。塗装は長崎市電当時の塗装のままです。・仙台市電100型119号車(長崎電気軌道1053号車)・昭和27年製造:新潟鉄工所製・廃車 平成12年12月・状態 屋根付き保存で、状態良好 @所在地 宮城県 仙台市太白区 旧秋保電鉄秋保温泉駅跡 A車歴 製造: 1952年 新潟鉄工所 B保存に関わる情報 C参考 長崎から里帰りした仙台市電100型119号車の画像です。場所は、宮城県太白区秋保温泉入口付近(旧秋保電鉄秋保温泉駅跡)です。
画像は大体の部分は撮影してあります。
塗装は長崎市電当時の塗装のままです。
・仙台市電100型119号車(長崎電気軌道1053号車)
・昭和27年製造:新潟鉄工所製
・廃車 平成12年12月
・状態 屋根付き保存で、状態良好 (写真文:佐藤 平)
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C58 228 Googleで検索
     愛媛のKaze:2007年9月13日撮影 公園の広いスペースの柵の中にありましたが、塗装も剥げ落ち、腐食が随所に見られ、ボロボロで無残な姿でした。プレートは疑似で?前後のライトも私にはとてもC58のものとは思えませんでした。このままでは荒廃の一途をたどる事であり、石巻市に対応をお願いする必要があります。 @所在地 宮城県 石巻市 中里3丁目12 北上公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1940年5月20日 川崎車輌 No.2305 新製配備: 1940年5月25日 稲沢 移動: 1942年1月23日 多治見 移動: 1945年12月21日 美濃太田 移動: 1967年5月5日 高山 移動: 1968年9月26日 敦賀第一 移動: 1971年10月8日 小牛田 廃車: 1974年5月28日 小牛田 走行距離: 2,032,003km 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県石巻市長 1974年10月20日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 整備は行われているが、破損が激しい(2001年2月)
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DE10 88 Googleで検索
  やまてつ:2003年8月10日撮影 @所在地 宮城県 角田市 中央公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1969年4月9日 汽車製造 No.2707 新製配置: 1969年4月9日 長町 移動: 1974年頃 郡山 廃車: 1987年2月7日 郡山 廃車: 1987年2月7日 郡山 B保存に関わる情報 C参考 以前の写真は佐藤平さんに提供いただきました。状態は良好です。
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栗原電鉄 ED201 Googleで検索
  やまてつ:2004年8月10日撮影 @所在地 宮城県 登米市 石越町南郷字高森100 チャチャワールドいしこし Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1950年8月 中日本重工業(三菱三原) : ED181 改軌: 1955年9月26日 762mm→1067mm ED201 サヨナラ運転: 1995年3月31日 栗原電鉄 B保存に関わる情報 C参考 塗装も劣化し徐々に荒廃しております。
栗原電鉄のED20型は、当初から1067oの電気機関車ではなく栗原電鉄の前身である「栗原鉄道」と言う軽便鉄道時代は、ED18型と名乗っていました。その後、改軌とともに台車を変更しED20型となりました。<コメント・佐藤平さん>
遊戯施設内に有り、営業時間内しか見ることができません(2013年5月:SS7C)。
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栗原電鉄 C152 Googleで検索
   やまてつ:2004年8月10日撮影 @所在地 宮城県 登米市 石越町南郷字高森100 チャチャワールドいしこし Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1956年 ナニワ工機 B保存に関わる情報 C参考 遊戯施設内に有り、営業時間内しか見ることができません。
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栗原電鉄 M152 Googleで検索
   やまてつ:2004年8月10日撮影 @所在地 宮城県 登米市 石越町南郷字高森100 チャチャワールドいしこし Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1956年 ナニワ工機 B保存に関わる情報 C参考 遊戯施設内に有り、営業時間内しか見ることができません。
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仙北鉄道 DB071? 《動輪》 Googleで検索 @所在地 宮城県 登米市 旧仙北鉄道登米駅 A車歴 B保存に関わる情報 C参考
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C58 122 Googleで検索 解体: 2008年3月
      やまてつ:2006年2月17日撮影 築館ラーメンを食べて到着しました。相変わらず整備がされず荒廃した状態です。 @所在地 宮城県 栗原市 築館薬師台 薬師公園児童遊園地 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1939年3月2日 汽車製造 No.1727 新製配備: 1939年3月10日 米子 移動: 1943年3月8日 稲沢 移動: 1945年11月9日 長門 移動: 1972年3月20日 小郡 移動: 1972年10月6日 小牛田 廃車: 1974年5月28日 小牛田 走行距離: 1,777,300km 保存開始: 1974年7月21日 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県築館町長 1974年7月7日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 保存以来、柵の中で整備されておらず、老朽化を理由に2008年3月17日にお別れ会を行い解体処分された。
E参考資料
蒸気機関車 No67(80-5) P6-7 わが町の静態保存機
蒸気機関車 No49(77-5) P16-21 陸羽東西線のC58 久保田久雄
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栗原電鉄 ED202 Googleで検索
       
   やまてつ:2006年2月17日撮影 保存から10年近く経ち、塗装は著しく劣化している。腐食については甚だしくなく、修理も行いやすそうであった。 @所在地 宮城県 栗原市 大字鶯沢字南郷原 くりはら田園鉄道 細倉マインパーク前駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1950年8月 中日本重工業(三菱三原) : ED182 改軌: 1955年9月26日 762mm→1067mm ED201 廃車: 1983年3月30日 B保存に関わる情報 C参考 栗原電鉄 ED202 (汽車・電車1971年〜保存車のページ) 栗原電鉄のED20型は、当初から1067oの電気機関車ではなく栗原電鉄の前身である「栗原鉄道」と言う軽便鉄道時代は、ED18型と名乗っていました。その後、改軌とともに台車を変更しED20型となりました。<コメント佐藤平さん>
細倉マインパーク前駅にワフ71と共に保存されています。
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栗原電鉄 ED203 Googleで検索
       
   やまてつ:2006年2月17日撮影 保存から10年近く経ち、塗装は著しく劣化している。腐食については甚だしくなく、修理も行いやすそうであった。 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1950年8月 中日本重工業(三菱三原) : ED183 改軌: 1957年 762mm→1067mm ED201 廃車: 1987年3月31日 B保存に関わる情報 C参考 栗原電鉄 ED203 (汽車・電車1971年〜保存車のページ) 栗原電鉄のED20型は、当初から1067oの電気機関車ではなく栗原電鉄の前身である「栗原鉄道」と言う軽便鉄道時代は、ED18型と名乗っていました。その後、改軌とともに台車を変更しED20型となりました。<コメント佐藤平さん>
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栗原電鉄 M153 Googleで検索
やまてつ:2004年8月10日撮影 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1956年 ナニワ工機 B保存に関わる情報 C参考 旧若柳駅構内に残る唯一の栗原電鉄時代からの電車です。M181、M182、M183、M151、C151などは2009年7月に解体されました。
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くりはら田園鉄道 DB101 Googleで検索
 佐藤平:2003年12月10日撮影 くりはら田園鉄道の機関車で昔は入換機として活躍したタイプで詳細は下記の通り・栗電DB10形式 DB10番号 DB101号機製造所 協三工業 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 くりはら田園鉄道 DB101 (汽車・電車1971年〜保存車のページ)
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くりはら田園鉄道 KD951 Googleで検索 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1994年12月 富士重工 B保存に関わる情報 C参考 2010年より旧若柳駅にて動態保存されている。
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くりはら田園鉄道 KD952 Googleで検索 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1994年12月 富士重工 B保存に関わる情報 C参考 旧若柳駅にある検修庫内にて保存されている。
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くりはら田園鉄道 KD953 Googleで検索 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1994年12月 富士重工 B保存に関わる情報 C参考 2010年より旧若柳駅にて動態保存されている。
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くりはら田園鉄道 KD11 Googleで検索 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1984年 富士重工 配置: 1984年 名鉄キハ15 譲渡: 1995年5月 くりはら田園鉄道KD11 最終運行: 2007年3月30日 鉄道廃止: 2007年3月31日 B保存に関わる情報 C参考 名鉄八百津線で使用した後、栗原電鉄に入線した。2007年3月30日に最終運行後若柳駅構内に保管された。
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くりはら田園鉄道 KD12 Googleで検索
塗装も劣化し徐々に荒廃しております。写真は佐藤平さん提供していただきました。 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1984年 富士重工 配置: 1984年 名鉄キハ16 譲渡: 1995年5月 くりはら田園鉄道KD12 最終運行: 2007年3月30日 鉄道廃止: 2007年3月31日 B保存に関わる情報 C参考 名鉄八百津線で使用した後、栗原電鉄に入線した。2007年3月30日に最終運行後若柳駅構内に保管された。
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栗原電鉄 ワフ71緩急車 Googleで検索
        やまてつ:2006年2月17日撮影 細倉マインランド駅前にED202とともに保存。木造緩急車であるが塗装の劣化が進んでいることもあり、心配である。 @所在地 宮城県 栗原市 大字鶯沢字南郷原 くりはら田園鉄道 細倉マインパーク前駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 栗原電鉄 ワフ71緩急車 (汽車・電車1971年〜保存車のページ) 細倉マインパーク前駅にてED202と共に保存されています。
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栗原電鉄 ワフ74緩急車 Googleで検索
 佐藤平:2003年12月10日撮影 栗原電鉄ワフ74型緩急車です。後方のはト10型です。若柳に保管されています。 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 栗原電鉄 ワフ74緩急車 (汽車・電車1971年〜保存車のページ)
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栗原電鉄 ト102 Googleで検索
 佐藤平:2003年12月10日撮影 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 栗原電鉄 ト102 (汽車・電車1971年〜保存車のページ) 栗原電鉄ト103、後方はワフ74型緩急車です。若柳に保管されています。
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栗原電鉄 ト103 Googleで検索
 佐藤平:2003年12月10日撮影 @所在地 宮城県 栗原市 若柳字川北塚ノ越11番地 くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 栗原電鉄 ト103 (汽車・電車1971年〜保存車のページ) 栗原電鉄ト103、後方はワフ74型緩急車です。若柳に保管されています。
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栗原電鉄 廃車貨車群 Googleで検索
 佐藤平:2003年12月10日撮影 @所在地 宮城県 栗原市 若柳 くりはら田園鉄道 若柳駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 栗原電鉄 廃車貨車群 (汽車・電車1971年〜保存車のページ) 若柳駅の裏手に倉庫代用?としておかれていました。
軽便時代の車両でしょうか?(コメント:佐藤平)
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C58 19 Googleで検索
      愛媛のKaze:2007年9月13日撮影 駅前公園内に屋外保存されています。外観は全体が外装諸機器とともに厚くぬられており、少し違和感がありました。外装諸機器はありましたが、プレートは模擬のようにみえました。前プレートの19部分が剥ぎ取られており、運転室内部の諸計器はかなり傷んでおり、根本から損失している計器もあり、荒れ気味でした。 @所在地 宮城県 大崎市 古川新堀城野9−6 西古川児童遊園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1938年9月27日 川崎車輌 No.1982 竣工: 1938年9月26日 大阪局 配置: 1941年4月1日 福知山 配置: 1949年4月1日 仙台 配置: 1961年4月1日 陸石線管理所 配置: 1969年4月1日 陸石線管理所 廃車: 1973年 小牛田 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県古川市長 1974年10月20日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 かなり荒廃が目立ちます。塗装はまだ残っていますが、至る所に錆が浮き、シリンダーブロックやボイラー下部はかなり腐食が進んでいます。また、子どもたちの遊具と化しているのか、シリンダーの点検扉がこじ開けられていたり(閉めてきました)…。落書きもありました。またキャブ内にも侵入されているようで、石炭投入口が開けられていたり、中にはお菓子の空き袋などもありましたし…。早急に整備をしてもらいたいと感じました。(コメント:よしだろ)
E参考資料
蒸気機関車 No67(80-5) P6-7 わが町の静態保存機
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C58 114 Googleで検索
       
       
       
    やまてつ:2006年2月17日撮影 塗装が行われ綺麗である。正面のナンバープレートはプラスチック製、煙室扉ハンドルのうち丸いハンドルが無くなっている。煙突がふさがれておらず、テンダー水タンク蓋が無くなっていることにより、内部の腐食が心配である。 @所在地 宮城県 大崎市 岩出山字城山42-2 城山公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1939年2月18日 汽車製造 No.1694 竣工: 1939年2月18日 大阪局 配置: 1941年4月1日 紀伊田辺 配置: 1949年4月1日 仙台 配置: 1961年4月1日 陸石線管理所 配置: 1969年4月1日 陸石線管理所 廃車: 1973年1月17日 小牛田 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県岩出山町長 1973年3月14日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 塗装が行われ整備済み、煙室扉ハンドルは1980年以前に紛失
E参考資料
蒸気機関車 No67(80-5) P6-7 わが町の静態保存機
蒸気機関車 No49(77-5) P16-21 陸羽東西線のC58 久保田久雄
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C58 356 Googleで検索
       
       
       
      やまてつ:2007年5月2日撮影 機関車は近年整備されておらず荒廃していた。特に前面のシールドビーム前消燈は、底部が腐蝕により座屈していて痛たましい。 @所在地 宮城県 大崎市 鳴子温泉字星沼 JR中山平駅前 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1943年12月 川崎車輌 No.2929 配置: 1949年4月1日 王寺 配置: 1961年4月1日 宮古 配置: 1969年4月1日 宮古 移動: 1972年6月26日 小牛田 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県鳴子町長 1974年6月5日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 C58 356(汽車・電車1971年〜保存車のページ) 思ったほど荒廃していません。乗降客の少ない無人駅の前にあ
り、駅前商店の方の目もあるので、イタズラなどされにくいのがかえって幸いしているのかも知れません。塗装は比較的しっかりしていますし(色は褪せていますが)、シリンダーブロック以外は(ボイラーを含め)あまり腐食していない感じです。
15年くらい前はキャブに上がれるよう階段が設置されていたはずですが、今回見たところ、外されて車体の脇に転がっていました。
特に大事にされているわけではなさそうなので(車体には温泉の看板が取り付けられてるわ、衆院選候補者看板の支柱が動輪のところに固定されているわ…)、やはり何かの保存対策をとってもらいたいものです。(コメント:よしだろ)
1999年頃に伺いました。副灯のほうの根元が腐って垂れ下がっていました。何とか上向きにして撮影したのですが、今でも残っていたので嬉しく感じました。(コメント:やまてつ)
E参考資料
蒸気機関車 No67(80-5) P6-7 わが町の静態保存機
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C58 《動輪》 Googleで検索
      やまてつ:2007年2月18日撮影 説明版によるとC58型の動輪と書いてあります。大きさから見てほぼ該当します。ただし、R以外の刻印は無く、何号機が使ったものかは判りません。 @所在地 宮城県 大崎市 松山千石字松山428 松山ふるさと歴史館 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考
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保線用DL Googleで検索
       やまてつ:2006年2月17日撮影 荒廃が進んでおり、心配です。 @所在地 宮城県 大崎市 岩出山字東川原 岩出山駅前 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 協三興業 B保存に関わる情報 C参考 岩出山駅に設置されている鉄道記念館の展示物として保存されている。
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松山人車軌道 無番 《復元》 Googleで検索
     やまてつ:2006年1月1日撮影 松山町郷土資料館前に大切に保存されています。 @所在地 宮城県 大崎市 松山千石字松山428 大崎市松山ふるさと歴史館 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 管理: 教育委員会 所有: 松山町 C参考 この車輌は1929年に松山人車軌道が廃止された後、沿線の農家の物置として使用されてきたものを1972年に復元したものである。
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松山人車軌道 無番 《複製》 Googleで検索
      佐藤平:2004年8月16日撮影 昨日所要で宮城県松山町に行ってきた際に、ふるさと歴史館に保存されている松山人車軌道の人車を見てきました。保存されている車両は開業当初からある車両と平成4年に新製されたレプリカの2両があります。平成4年に新製されたのは現在 も9月に開催される「コスモス祭り」で乗れる動態保存車両なのですが、なぜ展示されているのかは不明。 @所在地 宮城県 大崎市 松山千石字本丸地内 御本丸公園内コスモス園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 管理: 教育委員会 所有: 松山町 C参考
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台湾精糖公司 650 Googleで検索 移転:
       
       
  やまてつ:2002年10月4日撮影 施設は廃止されており、機関車も荒廃しかけております。どうにかしたいものです。 @所在地 宮城県 刈田郡蔵王町 遠刈田 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 台湾へ帰国
E参考資料
鉄道ファン No.337(1989-5) P130 蔵王の玄関口に軽便蒸気展示される。
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ED71 37 Googleで検索
 やまてつ:2003年8月10日撮影 @所在地 宮城県 柴田郡柴田町 船岡中央 1丁目 船岡駅前緑地 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1961年3月5日 日立製作所 新製配置: 1961年3月15日 福島 廃車: 1984年1月5日 福島 走行距離: 2,185,682km 保存開始: 1984年4月1日 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県柴田町長 1984年4月1日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 保存会 交流機関車保存会 C参考 客車1台を従えて保存、荒廃気味であるが整備がはじめられている。
E参考資料
鉄道ファン No.335(89-3) P118船岡のED71 37
鉄道ファン No.179(1976-3) P22-47 運用からみた”赤い電機”の歴史と現況 外山公夫
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オハフ61 2579 Googleで検索
 やまてつ:2003年8月4日撮影 @所在地 宮城県 柴田郡柴田町 船岡中央 1丁目 船岡駅前緑地 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1953年10月 国鉄長野工場 新製配置: 1953年10月1日 仙台 移動: 1961年9月1日 会津若松 移動: 1983年9月1日 郡山貨車 走行距離: 4,350,000km B保存に関わる情報 C参考 機関車に牽引される形で保存、荒廃気味であるが整備がはじめられている。
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C57 61《第1-2動輪》 Googleで検索
       
       
 やまてつ:2006年2月18日撮影 松島の瑞岩寺にある鉄道殉職者弔魂碑、昭和8年に建設された高い塔ですが、その両脇には動輪が2対のありなかなか豪華でした。この動輪はC5761号の第1、第2動輪で、昭和47(1972)年に設置されたものでした。 @所在地 宮城県 宮城郡松島町 松島 瑞願寺 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1938年8月6日 川崎車輌 No.1925 使用開始: 1938年8月6日 広島局 配置: 岡山 配置: 仙台 御召し牽引: 1952年10月20日 福島→仙台 配置: 仙台 御召し牽引: 1954年8月6日 仙台→一関 移動: 1958年5月 田辺 移動: 和歌山 移動: 田辺 廃車: 1972年5月11日 紀伊田辺 B保存に関わる情報 C参考
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C11 351 Googleで検索 解体: 2020年6月
   佐藤平:2004年8月撮影 整備より1年が経過したときのものです。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1946年8月31日 日本車輌 No.1442 竣工: 1946年8月31日 仙台局 配置: 1949年3月1日 仙台 配置: 1961年3月31日 仙台 廃車: 1972年10月11日 会津若松 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県仙台市長 1976年6月1日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 平成7年に仙台市ガス局より移転、移転時に整備されたが、2003年8月24日利府の車両基地まつりの公開前に整備されました。以後整備されることなく、2015年頃よりコンプレッサー等の部品は取り払われ、2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
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C58 354 Googleで検索 解体: 2022年2月
      
        
   佐藤平、よしだろ:2003年10月撮影 C58−354ですが、無事にライトの取り付け作業が行われたようです。まだ保護材(ビニールシート)に覆われた状態ですが、接近して確認したところしっかり仕上げられておりました。<コメント写真:2004年2月よしだろ> C58−354のライト、きれいに付いておりました。格好良くなりましたね!<コメント写真:2004年3月よしだろ> @所在地 宮城県 宮城郡利府町 森郷 森郷児童公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1943年12月 川崎車輌 No.2927 配置: 1949年4月1日 和歌山 配置: 1961年4月1日 奈良 配置: 1969年4月1日 竜華 移動: 1972年3月27日 会津若松 入換作業終了: 1974年6月4日 会津若松 廃車: 1974年6月24日 会津若松 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県利府町長 1975年8月1日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 旧東北本線の線路上に上にできた森郷公園内にED91 11と共に保存されている。一時は大変荒廃していましたが、2003年9月に修繕されました。
E参考資料
蒸気機関車 No67(80-5) P6-7 わが町の静態保存機
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C58 365 Googleで検索 解体: 2020年6月
   佐藤平:2004年8月撮影 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1944年2月 川崎車輌 No.2943 配置: 1949年4月1日 美濃大田 配置: 1961年4月1日 稲沢第一 配置: 1969年4月1日 沼津 移動: 遠江二俣 移動: 1971年3月1日 敦賀第一 移動: 1971年8月4日 小牛田 廃車: 1972年10月11日 小牛田 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県仙台市長 1976年6月1日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 平成7年に仙台市ガス局より移転、移転時に整備されたが、2003年8月24日利府の車両基地まつりの公開前に整備されました。以後整備されることなく、2015年頃よりコンプレッサー等の部品は取り払われ、2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
E参考資料
蒸気機関車 No67(80-5) P6-7 わが町の静態保存機
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D51 1108 Googleで検索 解体: 2020年6月
 佐藤平: @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1944年7月29日 日本車輌 No.1297 配置: 1948年7月1日 新津 配置: 1957年11月1日 弘前 配置: 1968年4月1日 弘前 移動: 1970年11月11日 青森 移動: 1971年6月5日 会津若松 廃車: 1972年10月2日 磐越西線管理所 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県仙台市長 1976年6月1日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 C参考 平成7年に仙台市ガス局より移転、移転時に整備されたが、2003年8月24日利府の車両基地まつりの公開前に整備されました。以後整備されることなく、2015年頃よりコンプレッサー等の部品は取り払われ、2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
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ED71 1 Googleで検索 解体: 2019年12月
      
    佐藤平:2005年3月15日撮影 これまで引越の兆しがなかった利府駅構内の保管車輌郡の移動作業が始まったそうです。ED71・ED78・ED77型の3両は既に総合車両所内に移動。ED75が搬出用に新たに敷設された線路上に移動後、トラックに乗せられるようです。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1959年4月20日 日立製作所 No.192231 新製配置: 1959年4月20日 福島 廃車: 1976年12月13日 福島 B保存に関わる情報 保存会 交流機関車保存会 C参考 東北線交流電化に際して登場した50Hz用の交流電気機関車で、1959年4月に3両が試作された後に量産された。旅客・貨物列車ともに使用され、最後まで東北線の交流区間でED75に置き換わるまで活躍した。1号機は廃車後は福島機関区に保管されたが、後に利府駅に移転し1号機関車群の1台として保管されていた。保管期間が10年以上に及び、車体の腐蝕などが進んだ事も有り有志により保存会が結成、努力により2002年10月に利府駅北東側に移転し整備された。2003年5月に「イタズラ書き」の被害に遭う。2005年3月に仙台総合車輌所に移転し再整備の上展示されている。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
E参考資料
鉄道ファン No.179(1976-3) P14-21 ED44からEF71に至る交流電機ショート・ヒストリー 川添雄司
鉄道ファン No.179(1976-3) P22-47 運用からみた”赤い電機”の歴史と現況 外山公夫
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ED75 1 Googleで検索 解体: 2019年12月
      
    佐藤平:2005年3月15日撮影 これまで引越の兆しがなかった利府駅構内の保管車輌郡の移動作業が始まったそうです。ED71・ED78・ED77型の3両は既に総合車両所内に移動。ED75が搬出用に新たに敷設された線路上に移動後、トラックに乗せられるようです。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1963年12月30日 日立製作所 新製配置: 1963年12月30日 勝田 移動: 1967年9月1日 内郷 移動: 1984年2月1日 長町 廃車: 1987年2月7日 長町 B保存に関わる情報 保存会 交流機関車保存会 C参考 東北本線・常磐線用として1963年から製造された汎用性を重視して設計された機関車で、投入開始以来、東北・常磐地区のほか、北海道や九州にも投入された。1・2号機は試作車で、1号機は車体構造、タップ切替器の駆動方式、機器配置が量産機と異なる。廃車後は他の1号機関車群とともに利府駅構内に保管されていた。ここでの保管は10円以上に及び、車体の老朽化が進んでいたところ、保存会が結成されの、その努力により2002年10月に利府駅北東側に移転し整備された。2003年5月に「イタズラ書き」の被害に遭うが、2005年3月には仙台総合車輌所に移転し再整備された。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
E参考資料
鉄道ファン No.179(1976-3) P14-21 ED44からEF71に至る交流電機ショート・ヒストリー 川添雄司
鉄道ファン No.179(1976-3) P22-47 運用からみた”赤い電機”の歴史と現況 外山公夫
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ED77 1 Googleで検索 解体: 2019年12月
      
    佐藤平:2005年3月15日撮影 これまで引越の兆しがなかった利府駅構内の保管車輌郡の移動作業が始まったそうです。ED71・ED78・ED77型の3両は既に総合車両所内に移動。ED75が搬出用に新たに敷設された線路上に移動後、トラックに乗せられるようです。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1967年5月12日 日立製作所 新製配置: 1967年5月12日 福島 廃車: 1987年2月7日 福島 B保存に関わる情報 C参考 1967年に交流50Hz区間の支線用として製造した電気機関車である。 廃車後は他の1号機関車群とともに利府駅構内に保管されていた。ここでの保管は10円以上に及び、車体の老朽化が進んでいたところ、保存会が結成されの、その努力により2002年10月に利府駅北東側に移転し整備された。2003年5月に「イタズラ書き」の被害に遭うが、2005年3月には仙台総合車輌所に移転し再整備された。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
E参考資料
鉄道ファン No.179(1976-3) P14-21 ED44からEF71に至る交流電機ショート・ヒストリー 川添雄司
鉄道ファン No.179(1976-3) P22-47 運用からみた”赤い電機”の歴史と現況 外山公夫
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ED78 1 Googleで検索 解体: 2019年12月
      
    佐藤平:2005年3月15日撮影 これまで引越の兆しがなかった利府駅構内の保管車輌郡の移動作業が始まったそうです。ED71・ED78・ED77型の3両は既に総合車両所内に移動。ED75が搬出用に新たに敷設された線路上に移動後、トラックに乗せられるようです。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1968年5月29日 日立製作所 新製配置: 1968年5月29日 福島 廃車: 1987年2月7日 福島 B保存に関わる情報 保存会 交流機関車保存会 C参考 1968年に交流50Hz区間の支線用として製造した電気機関車である。 廃車後は他の1号機関車群とともに利府駅構内に保管されていた。ここでの保管は10円以上に及び、車体の老朽化が進んでいたところ、保存会が結成されの、その努力により2002年10月に利府駅北東側に移転し整備された。2003年5月に「イタズラ書き」の被害に遭うが、2005年3月には仙台総合車輌所に移転し再整備された。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
E参考資料
鉄道ファン No.179(1976-3) P14-21 ED44からEF71に至る交流電機ショート・ヒストリー 川添雄司
鉄道ファン No.179(1976-3) P22-47 運用からみた”赤い電機”の歴史と現況 外山公夫
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ED91 11 Googleで検索 解体: 2021年12月1日
      
 よしだろ、SM:2004年4月撮影 利府のED91−11の写真を撮って参りましたのでお送りします。非常に美しく仕上がっています。今までがあまりにひどい状態だっただけに、嬉しいものです。4枚のうち、1枚はまだ修復作業中だった3月26日に撮影したもの、3枚は作業完了後の4月2日に撮ったものです。 3月26日には無事だった2エンド側の尾灯の片方が4月2日には割られていました。何かの事故(子どもが遊んでいたボールが当たったとか)かとも思ったのですが、利府町のHPにもあるように、どうやらいたずらによるもののようです。 ここ、森郷児童遊園の機関車周辺には、お菓子の袋やジュースの空き缶、煙草の吸い殻、挙げ句の果てには潰したビールの空き缶まで散乱していることがあります。すぐ近くに保存されている1号交流電機群が落書きの被害に遭ったのも記憶に新しいところですし、この場所、保存地としては環境に大きな問題があるのではないかとさえ思われてきます。立ち寄ったときにゴミなどを見付けた場合は、出来るだけ片付けてくるようにしています。いわゆる「割れ窓理論」で、放っておくと状況は更に悪化することでしょうし…悔しいのですが。 テールランプは以前は一個だけだったのでにまた割られるとは・・・。普通のプラスチックのテールランプではなく強化プラスチックの物を入れた方が良さそうですね。引っ掻いたようなような傷もやはり人為的 な物でしょうね。最近、保存車両に悪戯する人は落書きや破壊などをしていったい何が面白いのでしょうかね?私も早く移転して欲しいですが作並駅に移転するのは果たして安住の地となるのでしょうか?あまり人の訪れない場所なのでそういう点では いいとは思いますが、逆に管理が行き届かず荒廃してしまう可能性もないとはいえません。また人のあまりいない駅ですので悪戯し放題と言 う事もありえます。そういう事も考えなければいけませんね。ここはやはり防犯対策はしっかり取ってもらわないと(2004年5月:佐藤平)。 さて、いま仕事で仙台にきたついでに利府に行ってきました。 森郷児童公園のC58 354とED91 11が見違えるようにきれいになったのに驚かされました。が、ED91はすでにイタズラされていて、テールラ ンプが2個割られ(道路とは反対側の)、ボディの一部に引っ掻いたような傷をつけられていました。こんなイタズラを見るにつけ、早く安 住の地に引っ越させてあげたいもんです。(2004年5月:SM)。 ED91−11、そして1号交流電機群がこれ以上被害を受ける前に新天地へ無事移転することと、残ることになるであろうC58−354がこれからも大切にされていくことを願っています。(よしだろ) @所在地 宮城県 宮城郡利府町 森郷 森郷児童公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1957年 東芝 新製配置: 作並 改番 ED45→ED91: 1961年 廃車: 1970年3月31日 長町 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県利府町長 1975年8月1日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 C参考 1950年代、仙山線の交流電化試験時にED44に続いて登場した試作交流機関車がED45型である。
ED44が交流電動機を持つ直接式であるのに対し、整流器を通して直流電動機を回すものであった。
ED451(三菱製)、ED4511(東芝製)、ED4521(日立製)と電機メーカー3社により製造、それぞれ外観・装置ともに少しずつ異なっている。後にED91に改番されている。
E参考資料
鉄道ファン No.179(1976-3) P14-21 ED44からEF71に至る交流電機ショート・ヒストリー 川添雄司
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ED91 21 Googleで検索 解体: 2019年12月
      
    佐藤平:2005年3月15日撮影 これまで引越の兆しがなかった利府駅構内の保管車輌郡の移動作業が始まったそうです。ED71・ED78・ED77型の3両は既に総合車両所内に移動。ED75が搬出用に新たに敷設された線路上に移動後、トラックに乗せられるようです。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1959年 日立製作所 新製配置: 作並 改番 ED45→ED91: 1961年 廃車: 1970年3月31日 長町 B保存に関わる情報 保存会 交流機関車保存会 C参考 利府駅に保管されていた1号機関車群の1台、保存会の努力により2002年10月に移転し整備された。2003年5月に「イタズラ書き」の被害に遭う。2005年3月には仙台総合車輌所に移転し再整備された。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
E参考資料
鉄道ファン No.179(1976-3) P14-21 ED44からEF71に至る交流電機ショート・ヒストリー 川添雄司
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EF71 1 Googleで検索 解体: 2019年12月
      
    佐藤平:2005年3月15日撮影 これまで引越の兆しがなかった利府駅構内の保管車輌郡の移動作業が始まったそうです。ED71・ED78・ED77型の3両は既に総合車両所内に移動。ED75が搬出用に新たに敷設された線路上に移動後、トラックに乗せられるようです。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1968年7月6日 東芝 新製配置: 1968年7月6日 福島 B保存に関わる情報 保存会 交流機関車保存会 C参考 板谷峠用として設計された交流機関車で、廃車後は福島機関区で保管、その後利府駅構内にて他の1号機関車群と共に保管されていた。ここでの保管期間が長く老朽化してきたため保存会が結成、その努力により2002年10月には利府駅北東がわに移転し整備された。2003年5月に「イタズラ書き」の被害に遭うが、2005年3月には仙台総合車輌所に移転し再整備された。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
E参考資料
鉄道ファン No.179(1976-3) P22-47 運用からみた”赤い電機”の歴史と現況 外山公夫
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東北新幹線961 1 Googleで検索
 佐藤平:2003年撮影 総務課の事務所の横に2両編成で保存されています。こちらも綺麗な状態です。こちらは車内への立入は可能です。ちなみにこの車両は、東北新幹線試作先頭車として「319q」と言う最高速度の記録を持っています。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 廃車: 1990年 B保存に関わる情報 C参考 国鉄が全国新幹線網対応車両として開発した6両編成の試作電車である。50/60Hz対応の全車電動車、アルミ合金製のボディマウント構造を採用し、客室窓が全て小型構造となった。また、蛍光灯が内蔵されて光る光前頭を装備していた。完成後、山陽新幹線岡山〜博多間での試験走行が行われたが、後に完成前の東北新幹線に移り、1979年に小山試験線での試験走行では、当時の世界最高速度記録の319km/hを記録している。東北新幹線の開業後は仙台総合車両所に留置され、1990年に廃車となった。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
E参考資料
鉄道ジャーナル No.78(1973-10) P42-45 デビューした961形試作電車 笠井浩三
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東北新幹線961 2 Googleで検索
 佐藤平:2003年8月24日撮影 総務課の事務所の横に2両編成で保存されています。こちらも綺麗な状態です。こちらは車内への立入は可能です。ちなみにこの車両は、東北新幹線試作先頭車として「319q」と言う最高速度の記録を持っています。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 廃車: 1990年 B保存に関わる情報 C参考 国鉄が全国新幹線網対応車両として開発した6両編成の試作電車である。50/60Hz対応の全車電動車、アルミ合金製のボディマウント構造を採用し、客室窓が全て小型構造となった。また、蛍光灯が内蔵されて光る光前頭を装備していた。完成後、山陽新幹線岡山〜博多間での試験走行が行われたが、後に完成前の東北新幹線に移り、1979年に小山試験線での試験走行では、当時の世界最高速度記録の319km/hを記録している。東北新幹線の開業後は仙台総合車両所に留置され、1990年に廃車となった。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
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STAR21 953- 1 Googleで検索
 佐藤平:2003年撮影 平成8年頃に廃車され、現在は先頭車と中間車の計2両が保管されています。今回は、車内の公開はされませんでしたが、展示されました。2003年8月24日利府の車両基地まつりにて<コメント撮影:佐藤平> @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 スピード記録: 1993年12月21日 上越新幹線越後湯沢〜新潟間 燕三条付近 廃車: 1998年2月17日 B保存に関わる情報 C参考 JR東日本は新幹線スピードアップの研究のため1992年に試作されました。1993年12月の試験走行では時速425qをマークし定ます。1998年には廃車後先頭車の953-1と953-5が連接台車付きので保存されています。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
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STAR21 953- 5 Googleで検索
 佐藤平:2003年撮影 平成8年頃に廃車され、現在は先頭車と中間車の計2両が保管されています。今回は、車内の公開はされませんでしたが、展示されました。2003年8月24日利府の車両基地まつりにて。 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 加瀬 JR東日本 新幹線総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 スピード記録: 1993年12月21日 上越新幹線越後湯沢〜新潟間 燕三条付近 廃車: 1998年2月17日 B保存に関わる情報 C参考 JR東日本は新幹線スピードアップの研究のため1992年に試作されました。1993年12月の試験走行では時速425qをマークし定ます。1998年には廃車後先頭車の953-1と953-5が連接台車付きので保存されています。2019年12月に他の保存機と共についに解体された。
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DD15 4 Googleで検索 解体: 2002年
 佐藤平:2003年4月2日撮影 @所在地 宮城県 宮城郡利府町 森郷字柱田 JR東北本線 利府駅構内 Yahoo地図 Google地図 A車歴 B保存に関わる情報 C参考 利府駅構内で1号機関車群と共に保管されていたが、2002年の移転再整備の際にこの機関車のみ廃棄された。
E参考資料
鉄道ファン No7(62-1) P30-31 国鉄にまた新鋭車輌 液体式ディーゼル機関車 DD15 落成
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C11 367 Googleで検索
       
       
       
     やまてつ:2006年2月18日撮影 機関車は油ぶきされており状態は良好です。 @所在地 宮城県 遠田郡美里町 字桜木町 桜木町素山公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1946年12月21日 日本車輌 No.1458 竣工: 1946年12月21日 仙台局 配置: 1949年3月1日 小牛田 配置: 1961年3月31日 小牛田 廃車: 1973年6月18日 小牛田 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県小牛田町長 1973年12月11日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 屋根がないにもかかわらず、保存会により整備が行われており状態は良好です。
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キハ40 519 Googleで検索 解体: 2011年3月11日 @所在地 宮城県 牡鹿郡女川町 女川浜字大原477−59 女川駅構内 A車歴 B保存に関わる情報 C参考
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C58 16 Googleで検索 解体: 2012年
       
       
       
  やまてつ:2006年2月18日撮影 先日の仙台に行った際に志津川まで足を伸ばしてきました。そこに保存されているC5816は、よしだろさんなどから近年は塗装が痛んでいるという報告を受けていたのですが、つい最近塗装が行われ綺麗になっていました。保存されるC58型では4番目の若番を持ち、本州では最後まで残ったC58です。海が近く心配な機関車ですが、意外なほど腐食は進行しておらずひとまず安心しました。後側のナンバープレートが盗難にあっており、木の板にペンキでナンバーがかかれているのは残念でした。煙突はやや短く、上には蓋が置かれ、雨水が中に入らないように工夫されていました。 @所在地 宮城県 本吉郡南三陸町 志津川字汐見町 松原公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1938年9月23日 川崎車輌 No.1979 新製配備: 1938年10月18日 野付牛 移動: 1940年10月10日 釧路 移動: 1943年4月23日 岩見沢 移動: 1944年9月7日 宮古 移動: 1945年11月15日 和歌山 移動: 1946年4月1日 紀伊田辺 移動: 1953年12月22日 王寺 移動: 1960年8月20日 奈良 移動: 1962年5月1日 亀山 移動: 1967年3月27日 小郡 移動: 1972年10月31日 会津若松 廃車: 1975年1月24日 会津若松 保存のための回送: 1978年4月10日 会津若松区→宮城県志津川町 廃車: 1975年1月24日 会津若松 走行距離: 3,676,414km 保存開始: 1980年5月5日 保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長 相手方:宮城県志津川町長 1978年5月5日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 保存会 志津川町・松原SL保存会 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 海岸に面した公園に保存されており、海岸線から200mと非常に近い距離に保存されています。機関車には電気防食装置が施された唯一の車輌であり、腐蝕も比較的浅いようです。今後も継続的に保存されていくものと思われます。2005年頃に塗装されて綺麗になりました。
2011年3月11日の東日本大震災による津波で押し流され横倒しとなり、しばらく放置の後解体されました。
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