総武本線 1969年頃 

 SLが無くなる直前に父が写しに行ったものです。
 場所がわかりませんでしたが”クモハ73−006”さん、TSさんより教えていただきました。大変ありがとうございます。
 総武線津田沼駅付近、背景の鉄橋は新京成電鉄で手前が津田沼駅、右手は旧鉄道連隊(現千葉工業大学です。)左手は同じく鉄道連兵隊の倉庫ですが現在は整地され道路及び自転車置き場となっています。尚、背景の橋は現存しています。総武線国電区間で他の鉄道がオーバークロスする所は船橋付近に京成電鉄がありますがそこは総武線の線路がSカーブしております。最近この場所に行ってみました。当時の線路は2本でしたが、現在は6本、高速の列車が激しく行き交っています。土手もストレートに切られ、道も広くなり、のどかな当時の雰囲気はなくなってしまいました。
遠くの鉄道橋上を新京成の電車が通過しています。総武線は手前 側の上り線と向かい側の下り線とでは段差があります。これは上 り線が勾配緩和のため掘割りを長くとってあるのに対し、下り線は ギリギリまで地表を走った後新京成のアンダークロスする直前に 23パーミルで一気に下るためだそうです。
D51がやってきました。番号は770番、新小岩区所属、この後大館 に転じ1971年10月26日に廃車になりました。 1969年当時、千葉以東に直通する客貨列車は、急行を除き蒸機 牽引が殆どで、夏季臨の一部にDD51やEF58(!)が進出したとい うことでした。
通り過ぎるSL この向こうに101系電車が見れます。
写真1と同じ位置より
線路は6本、高速の列車が行き交っています。 土手は垂直の切割に、道路幅は増え当時の雰囲気はありません。
新京成電鉄の鉄道橋は現在も健在です。
これは、京成電鉄の修繕工場であった大榮車両の引き込み線で、 松戸〜新津田沼の新京成電車が京成津田沼への直通のために 乗り入れていたものです。この区間は大榮車両の移転時に新京成電鉄に正式に移管されましたものだそうです。