長崎県の保存車両


<長崎県 >


C57 100 <最新情報 2005年3月> Googleで検索


やまてつ:2005年3月10日撮影
状態に特に変化はない。各部を撮影。
@所在地
   長崎県 長崎市 賑町5-100 中央公園 Yahoo地図 Google地図
2017年4月
A車歴
  製造: 1939年3月31日 日立製作所笠戸工場 No.1075
  使用開始: 1939年3月31日 大阪局
  配置: 1941年4月1日 姫路
  配置: 宮原
  移動: 1942年10月29日 宇都宮
  配置: 1949年4月1日 高崎第一
  移動: 1953年6月4日 鳥栖
  門デフ装備: 1954年10月 小倉工場
  御召し牽引: 1961年4月19日 基山→佐賀 4月23日 大村→長崎 4月26日 長洲→博多
  配置: 早岐
  全般検査: 1968年3月14日 小倉工場
  移動: 1968年10月15日 人吉
  休車: 1973年2月18日 人吉
  廃車: 1973年4月27日 人吉
   走行距離: 1,645,000km
  保存開始: 1973年10月1日
保存時契約当事者
 国有鉄道:門司鉄道管理局長 相手方:長崎県長崎市長 1973年7月10日
 JR発足時の移管先:JR九州
B保存に関わる情報
  管理:   所有: JR九州(無償貸与)
C参考
 ヘッドライトは無く、ナンバープレートも模造品です。
長崎市では原爆当日に被爆地への1番列車を牽引したC51型の保存を考えていたみたいですが現存せず、代わりにC57を保存したようです。
1番列車はC5168をはじめとする早岐区のC51ですが、その1両でもあるC5162はカットボディーでありながらも1972年の夏まで現存して いました。長崎市の機関車保存の国鉄との交渉が1972年頃からとのことなので、何とか残せなかったものかと思います。
C57100は数少ない門デフC57の生き残りで、1957年に特急「さちかぜ」の初列車を長崎から鳥栖にかけて牽引、1961年には長崎に訪問するための昭和天皇のお召列車を牽引するなど華々しい活躍をしています。1973年に人吉区で廃車になり、しばらく矢岳駅で保管、小倉工場で分解の上、長崎まで輸送されました。
2016年9月に解体の話が新聞報道され、華々しい活躍から保存できないかという話が合ったものの、長崎市は恐慌で2000万円をかけて解体されました。半分の費用もあれば移送、整備もできたかと思うのですが、長崎市は原爆遺産には興味がないようで、原爆慰問のためにわざわざ長崎まで訪問する昭和天皇のお召列車を牽引した貴重な機関車は、ことも無残に鉄くずと消えていった。
E参考資料
 鉄道ピクトリアル No.280(1973-7) P82 TOPIC PHOTOS
 鉄道ピクトリアル No285(73-11) P82 C57100長崎市に保存


D51 1142 <最新情報 2003年3月> Googleで検索

やまてつ:2003年3月8日撮影
塗装は痛んでいますが、油が塗られ、大変良い状態でした。
@所在地
   長崎県 佐世保市 熊野町 交通公園 Yahoo地図 Google地図
A車歴
  製造: 1944年7月31日 川崎車輌 No.3021
  配置: 1948年7月1日 熊本
  配置: 1957年11月1日 南延岡
  配置: 1968年4月1日 南延岡
  廃車: 1971年12月24日 南延岡
   走行距離: 1,907,829km
保存時契約当事者
 国有鉄道:門司鉄道管理局長 相手方:長崎県長崎市長 1972年4月1日
 JR発足時の移管先:JR九州
B保存に関わる情報
  管理:   所有: JR九州(無償貸与)
C参考
 一部ペンキが剥げているが、油磨きされるなど整備を受け状態がよい


島原鉄道 C1201 <最新情報 1999年12月> Googleで検索

やまてつ:1999年12月29日撮影
神社境内に保存、整備をされておらず、荒廃している。火山灰に埋もれ線路は見れなかった。
@所在地
   長崎県 島原市 弁天町 霊丘神社 Yahoo地図 Google地図
A車歴
  製造: 1948年 日本車輌
  御召し牽引: 1949年5月25日 保存車がC1205の場合
  廃車: 1968年6月18日
  保存開始: 1971年1月27日
B保存に関わる情報
C参考
 標記はC1201であるがC1206であるという説がある。島原鉄道で活躍したC12型のデフレクター付はC1205とC1206のみでのため、C1201ではない可能性が高い。もし、保存車がC1205だった場合は1949年5月25日に昭和天皇が御来島のおり、お召し列車の牽引したことになる。
E参考資料
 鉄道ジャーナル No.77(1973-9) P100-105 私鉄・専用線の蒸気機関車 ’67〜’73 Part7 払下げ機関車・2 汽車くらぶ


C57 95 <最新情報 2007年11月> Googleで検索


愛媛のKaze:2007年6月1日撮影
 外見上は整備されていました。また、運転室内の諸計器類もほぼ維持されていました。 窓枠・前方丸窓?のガラスは損失しておりました。塗装は良好の状態です。 
@所在地
   長崎県 諫早市 宇部町16-12 県立総合運動公園 Yahoo地図 Google地図
A車歴
  製造: 1939年3月23日 日立製作所笠戸工場 No.1070
  新製配備: 1939年4月2日 名古屋
  移動: 1945年6月8日 金沢
  移動: 1964年10月1日 富山
  移動: 1965年10月13日 豊岡
  移動: 1972年11月5日 鹿児島
  移動: 1973年10月4日 宮崎
  移動: 1974年4月27日 鹿児島
  全検切れ: 1975年6月18日
  廃車: 1975年2月17日 鹿児島
保存時契約当事者
 国有鉄道:門司鉄道管理局長 相手方:長崎県諫早市長 1975年6月23日
 JR発足時の移管先:JR九州
B保存に関わる情報
  管理:   所有: JR九州(無償貸与)
C参考
 屋根付きで保存、荒廃ぎみです。
E参考資料
 蒸気機関車 No71(81-1) P6-7 わが町の静態保存機


88622 <最新情報 2007年9月> Googleで検索

「ふるさとの蒸気機関車」 駅長さん:2007年4月10日撮影
2004年3月1日に郷ノ浦・芦辺・石田・勝本の四町が合併し て壱岐市になりました。従って現在、管理は壱岐市がやっています。最近塗り直した形跡もありますが上屋がないので、痛みが激しいようです。「汽車を見ることがない島の子に汽車を見せたい」というのが保存した理由で、結構、子供連れの親子に人気があるようです。消防署の前の公園にあるのだから、火事がいつもあるワケはではなし、ヒマな時間には消防署が手入れをすればいいのに、目の前にあっても、 これをしないのが縦割り行政じゃなとかと感じてしまいます。
@所在地
   長崎県 壱岐市 芦辺町国分東触 国分消防署前 Yahoo地図 Google地図
A車歴
  製造: 1926年2月 汽車製造 No.861
  使用開始: 1926年2月4日 仙台局
  配置: 1933年3月31日 村上
  配置: 1947年3月31日 成田
  配置: 1961年3月31日 新小岩
  移動: 1966年8月19日 若松
  廃車: 1974年2月25日 若松
保存時契約当事者
 国有鉄道:門司鉄道管理局長 相手方:長崎県芦辺町長 1974年2月28日
 JR発足時の移管先:JR九州
B保存に関わる情報
  管理:   所有: JR九州(無償貸与)
C参考
 塩害によって腐食が進行、近年整備されたが金属の質は失われている。


西鉄福岡市内線 516 Googleで検索
 
@所在地
   長崎県 壱岐市 石田町印通寺浦360 松永記念館
A車歴
  
B保存に関わる情報
C参考
  西鉄福岡市内線 516 汽車・電車1971年〜保存車のページ
 


島原鉄道 D3703 Googleで検索
 
@所在地
   長崎県 南島原市 深江町 深江町さくらパーク
A車歴
  
B保存に関わる情報
C参考
 



参考図書
 蒸気機関車 No33(74-9) 九州特集
 蒸気機関車 No43(76-5) 九州のSL特集
 蒸気機関車 No57(78-9) 九州のSL特集

蒸気機関車ほか、鉄道保存車輌のページ トップへ