1914年から1929年まで672両が製造、1975年活躍。現在JR九州と梅小路蒸気機関車館で2両が動態保存、20両以上が各地で保存されています。近年、銚子市に保存の18688が2003年3月に解体となり、日立市の78653も解体が予定されましたが、五能線活性化倶楽部に引き取られ、動態保存用として青森県深浦町のウェスパ椿山駅前に保存されました。
8620 Googleで検索 @所在地 東京都 青梅市 勝沼2-155 青梅鉄道公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1914年4月3日 汽車製造 No.119 到着: 1914年5月 鳥栖 使用開始: 1914年7月20日 配置: 1933年3月31日 若松 移動: 備後十日町 移動: 1942年 松山 第1種休車: 1958年5月1日 保管のため移送: 1958年7月2日 西条機関支区庫内2番線 廃車: 1958年9月11日 松山 B保存に関わる情報 管理: (財)交通文化振興財団 所有: JR東日本 C参考 車歴簿は1945年7月の松山空襲の際に焼失した。 保存は国鉄職員山中覚氏により1954年3月より四国鉄道管理局管内で呼びかけが始まり、1956年4月24日に各方面に保存の趣意書を発送、5月17日付で十河総裁より保存決定の通達が送られてきた。廃車後は西条機関支区庫内2番線にて保管、1962年の鉄道90周年事業により青梅鉄道公園にて保存される。 E参考資料 鉄道ピクトリアル No100(59-11) P34 ハチロク余話 鉄道ファン No13(62-7) P4 お化粧前の8620号撮影会 山中覚 |
8630《動態》 Googleで検索 @所在地 京都府 京都市下京区 観喜寺町 京都鉄道博物館 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1914年6月 汽車製造 No.129 配置: 大宮 移動: 1926年12月18日 千葉 移動: 1930年5月6日 成田 移動: 1934年11月23日 安房北條 移動: 1939年5月31日 常陸大子 移動: 1952年12月8日 平 さようなら運転: 1970年3月22日 常磐線(D51946との重連) 移動: 1970年3月27日 弘前 全般検査: 1971年7月7日 土崎工場 移動: 1972年9月14日 梅小路 廃車: 1979年3月28日 梅小路 走行距離: 4,124,177km B保存に関わる情報 管理: 梅小路蒸気機関車館 所有: JR西日本 C参考 8630《動態》(Welcome to Hibiki's Homepage!) 大宮を筆頭に、千葉、成田、常陸大子などで活躍、末期は平で入れ替えに従事したが、梅小路での保存を前に弘前に移動し、五能線での旅客運用も行った。五能線時代は78627より門デフを譲り受けていた。現在は梅小路蒸気機関車館で動態保存、初期型であるがSキャブではなく、別の機関車ではないかなど数々の疑問がある。一度台枠にある刻印を確かめたいところです。 E参考資料 鉄道ファン No.87(1968-9) P62-63 4けたナンバーのハチロクとキューロク 鉄道ジャーナル No.36(70-6) P63 各地でSLお別れ列車走る。 鉄道ファン No.109(1970-6) P107 水戸局SLさよなら運転 近藤明徳 鉄道ファン No.404(1994-12) P8-43 梅小路蒸気の現役時代 西尾 恵介 |
18688 Googleで検索 解体: 2003年3月 @所在地 A車歴 製造: 1919年2月 汽車製造 No.317 使用開始: 1919年2月21日 小山 配置: 桐生 配置: 小山 配置: 安房北条 配置: 1933年3月31日 千葉 配置: 安房北条 配置: 1947年3月31日 館山 移動: 1949年6月23日 佐倉 移動: 1949年8月22日 千葉 移動: 1949年10月2日 沼津 移動: 1959年4月 高岡 移動: 1963年9月28日 長野 廃車: 1971年12月13日 長野 保存開始: 1972年6月10日 保存時契約当事者 国有鉄道:千葉鉄道管理局長 相手方:千葉県銚子市長 1972年6月10日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: 銚子市 C参考 末期は塩害により激しく腐食し、柵に囲まれ接近できない状態でした。2003年3月に解体されてしまいました。 E参考資料 鉄道ピクトリアル No270(72-10) P106 銚子でハチロク保存 蒸気機関車 No69(80-9) P6-7 わが町の静態保存機 |
28622《動輪》 Googleで検索 |
28627《動輪》 Googleで検索 |
28683《第2動輪》 Googleで検索 |
28651 Googleで検索 @所在地 福井県 大野市 朝日24-9 穴馬民族会館 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1919年12月5日 汽車製造 No.381 配置: 1933年3月31日 和歌山 配置: 1947年3月31日 浜田 配置: 1961年3月31日 米原 移動: 1964年11月18日 松本 移動: 上諏訪 移動: 1965年12月9日 福井 御召し牽引: 1968年10月2日 福井国体 廃車: 1973年6月16日 福井 走行距離: 2,820,679km 保存時契約当事者 国有鉄道:金沢鉄道管理局長 相手方:福井県和泉村長 1973年8月31日 JR発足時の移管先:JR西日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR西日本(無償貸与) C参考 88623と共に越美北線で最後まで活躍、お召し牽引の経歴より保存された。屋根つきで状態良好である。 E参考資料 鉄道ファン No.90(1968-12) P16-17 福井国体の御召し列車 蒸気機関車 No21(72-9) P54-57 知らざれる越美北線 原京一 蒸気機関車 No42(76-3) P21-23 越美北線の8620お召 向山賢寿 |
38689《第2動輪》 Googleで検索 |
48624 Googleで検索 @所在地 北海道 河東郡音更町 大通6丁目1番地 大通交通公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1921年 川崎造船所 No.671 使用開始: 1921年6月14日 東京局 関東大震災にて被災: 1923年9月1日 上野駅 配置: 1933年3月31日 釧路 配置: 1947年3月31日 池田 配置: 1961年3月31日 帯広 廃車: 1964年8月8日 帯広 保存開始: 1965年2月27日 B保存に関わる情報 管理: 河東郡音更町 所有: JR北海道(無償貸与) C参考 カットボディー、JR釧路工場で標本として保存されていた。 E参考資料 蒸気機関車 No47(77-1) P26-27 北海道の保存蒸気 奥野和弘 |
48630《第2動輪》 Googleで検索 |
48640 Googleで検索 @所在地 青森県 弘前市 大字新里字東里見 弘南電鉄新里駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1921年9月21日 汽車製造 No.519 使用開始: 1921年9月21日 仙台局 配置: 会津若松 移動: 1939年11月 盛岡 移動: 1962年2月 秋田 移動: 1965年11月26日 弘前 廃車: 1973年6月22日 弘前 走行距離: 2,900,000km 保存開始: 1973年11月9日 保存時契約当事者 国有鉄道:秋田鉄道管理局長 相手方:青森県鯵ヶ沢町長 1973年8月8日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 五能線活性化クラブ 所有: 五能線活性化クラブ C参考 塩害により腐食が激しく、年々腐食が進行している状況がわかります。早くしないと手遅れになりそうです。8620形式の中で一番状態が悪い。 1986年5月20日に修理を記念して設置された看板があります。 2006年秋に解体撤去の話が出たのですが、五能線活性化倶楽部に譲渡した上で保存されることになり、2007年6月22〜24日にかけて修理が行われました。 2011年11月13日〜14日にかけて、新しい保存場所である弘南鉄道新里駅に移転した。 旧保存場所は青森県 西津軽郡鰺ヶ沢町 本町209-2 鯵ヶ沢町役場前 Dアスベストについての対応 2005年10月時点 ロープが張られ立入禁止 |
48647 Googleで検索 @所在地 宮崎県 西臼杵郡高千穂町 下野赤石2221-2 トンネルの駅 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1921年10月 汽車製造 No.526 使用開始: 1921年10月19日 名古屋局 配置: 1933年3月31日 出水 配置: 1947年3月31日 伊万里 配置: 1961年3月31日 早岐 門デフ装備: 1961年9月 小倉工場 お召し牽引: 1969年10月31日 平戸口−伊万里 移動: 人吉 全般検査切れ: 1973年6月16日 人吉 第1種休車: 1973年5月26日 人吉 留置: 1975年2月14日 矢岳 廃車: 1973年9月20日 人吉 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR九州(無償貸与) C参考 元御召し機 菊水プラザ廃園のため町有地に、SLがある町有地には民間の物産館建設 が予定されたため、もらい手を探していたところ、廃棄寸前に 高千穂町の神楽酒造が引 き取り、同町内「トンネルの駅」に展示することとなった。 E参考資料 蒸気機関車 No72(81-3) P26-33 私のSL御召し列車 鉄道ピクトリアル No307(75-6) P83 ハチロク矢岳へ回送 蒸気機関車 No57(78-9) P13-16 長崎国体のSLお召 高井憲行 |
48650 Googleで検索 @所在地 広島県 三次市 三次町1691-4 三次市文化会館 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1921年11月11日 汽車製造 No.529 使用開始: 0921年11月28日 名古屋局 配置: 1933年3月31日 金沢 配置: 1947年3月31日 津和野 移動: 1949年8月27日 下関 移動: 三次 最終貨物牽引: 1970年12月9日 福塩線 廃車: 1971年3月8日 芸備線管理所 走行距離: 2,518,953km 保存開始: 1972年3月17日 保存時契約当事者 国有鉄道:広島鉄道管理局長 相手方:山口県三次市長 1971年6月17日 JR発足時の移管先:JR西日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR西日本(無償貸与) C参考 三次町文化会館前に屋根付きで高い柵の中に保存される。あまり整備はされていないが、腐食は少なく状態良好 E参考資料 蒸気機関車 No69(80-9) P6-7 わが町の静態保存機 鉄道ファン No.119(71-3) P119 福塩線貨物列車全廃 -12月10日合理化 |
48674《動輪》 Googleで検索 |
48696 Googleで検索 @所在地 福岡県 大牟田市 昭和町163 延命公園内市立動物園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1922年 日立製作所 No.36 使用開始: 1922年1月30日 三田尻 移動: 南延岡 移動: 早岐 移動: 1932年11月28日 鹿児島 移動: 1940年6月29日 行橋 移動: 大分 移動: 1950年1月27日 鹿児島 休車: 1971年8月23日 廃車: 1971年12月13日 鹿児島 保存時契約当事者 国有鉄道:熊本鉄道管理局長 相手方:福岡県大牟田市長 1972年3月30日 JR発足時の移管先:JR九州 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR九州(無償貸与) C参考 「ふるさとの蒸気機関車」 整備はされている模様ですが、シリンダーブロック覆いなどが腐食により失われ、盗難により正面ナンバープレートがなくなっているのが残念です。入れ替えに使用されたためか右運転台で動力逆転機付です。鹿児島機関区時代は前面、後面はゼブラ塗装でカットテンダー付ですが、保存に際にテンダーが振り替えられたようです。 |
58623 Googleで検索 @所在地 愛知県 豊川市 穂ノ原 日本車輛豊川製作所 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1922年 日本車輌 No.54 使用開始: 1922年5月3日 名古屋局 移動: 正明市 配置: 1961年3月31日 松山 移動: 小松島 廃車: 1970年5月28日 小松島 保存開始: 1970年10月31日 保存のため豊川工場へ回着 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東海(無償貸与) C参考 工場敷地内にあり管理も行き届いている。四国地区で使用された機関車で、四国管内では工場研修の都度にボイラー換装を行っており、8638のボイラーが使用されているらしい。 E参考資料 鉄道ファン No.119(71-3) P128 日車で8620保存 |
58629〔羽幌炭鉱鉄道 58629〕 Googleで検索 解体: 2009年6月 @所在地 A車歴 製造: 1922年2月15日 日立製作所 No.37 使用開始: 1922年2月15日 東京局 配置: 上野 移動: 1922年11月 高崎 配置: 1933年3月31日 深川 配置: 1935年3月31日 恵比島 移動: 中雄別 廃車: 1959年3月4日 旭川 譲渡契約: 1959年6月29日 羽幌炭鉱鉄道 設計認可: 1959年10月22日 羽幌炭鉱鉄道 竣工届: 1959年12月10日 羽幌炭鉱鉄道 B保存に関わる情報 管理: 苫前郡羽幌町 所有: 羽幌町? C参考 国鉄から払下げられ羽幌炭鉱鉄道で1970年まで活躍。密閉キャブに改造されている。 1994年訪問時には隣接する体育館からの雪によりデフが押しつぶされ、状態も悪かった。1998年訪問前までに修理された。 腐食の進行のため、維持管理ができないということで、2009年6月15日よpり解体されました。プレート等は羽幌町郷土資料館に展示されるそうです。 |
58654《動態》 Googleで検索 @所在地 熊本県 熊本市 JR九州 A車歴 製造: 1922年11月18日 日立製作所 No.62 使用開始: 1922年11月18日 浦上 移動: 1925年12月25日 名古屋 移動: 1926年2月3日 若松 移動: 1926年9月30日 吉松 移動: 1932年11月28日 鹿児島 移動: 1939年11月4日 豊後森 移動: 1943年2月26日 鳥栖 移動: 1949年6月21日 西唐津 お召し牽引: 1961年4月 移動: 1964年3月20日 若松 移動: 1968年6月1日 人吉 全般検査: 1970年11月4日 鹿児島工場 最終列車牽引: 1975年3月10日 湯前線 廃車: 1975年3月31日 人吉 全検切れ: 1975年6月9日 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR九州 C参考 「ふるさとの蒸気機関車」 58654《動態》(汽車・電車1971年〜保存車のページ) JR九州の動態保存機 、現役時代はパイプ煙突で大型門鉄デフを装備、動態復元に際して、ボイラー、運転室、炭水車、デフを新製、煙突は保管してある化粧煙突を寄贈を受け使用した。その後、動輪を全部新製、2005年に台枠にゆがみを生じたことから現在使用注視中である。台枠を新製した上で2009年より八代、人吉間で復活予定である。 E参考資料 蒸気機関車 No69(80-9) P6-7 わが町の静態保存機 鉄道ファン No.330(1988-10) P77 ハチロク 58654号機 阿蘇の麓へ |
58680 Googleで検索 @所在地 千葉県 茂原市 萩原2 萩原交通公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1922年10月 汽車製造 No.630 使用開始: 1922年10月18日 東京局 配置: 1933年3月31日 田端 配置: 1947年3月31日 成田 配置: 1961年3月31日 佐倉 移動: 1969年9月27日 福井 廃車: 1971年7月6日 福井 保存時契約当事者 国有鉄道:千葉鉄道管理局長 相手方:千葉県茂原市長 1971年9月29日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 58680(汽車・電車1971年〜保存車のページ) 1971年9月27日に特設レールを用いて搬送 屋根なし、塩害により腐食が進行 E参考資料 鉄道ジャーナル No.57(72-1) P131 茂原市交通公園に保存SL 蒸気機関車 No3(69-冬) P74-81 SL撮影の旅 佐倉の8620 大石和太郎 蒸気機関車 No42(76-3) P16-20 下総の8620 飯田覚 |
58683 Googleで検索 @所在地 千葉県 佐倉市 表町2丁目4 高崎川南公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1922年10月18日 汽車製造 No.633 使用開始: 1922年10月25日 国府津 移動: 1932年3月1日 新小岩 移動: 1944年12月1日 成田 移動: 1955年2月1日 佐倉 廃車: 1969年12月11日 佐倉 走行距離: 2,287,115km 保存開始: 1973年3月29日 保存時契約当事者 国有鉄道:千葉鉄道管理局長 相手方:千葉県佐倉市長 1973年3月28日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 屋根の下、金網で厳重に覆われ鳥かご状態で保存、近年塗装されて状態は良好です。ナンバープレートはプラスチック製、煙質扉ハンドルが無いのが残念です。 E参考資料 蒸気機関車 No3(69-冬) P74-81 SL撮影の旅 佐倉の8620 大石和太郎 蒸気機関車 No42(76-3) P16-20 下総の8620 飯田覚 |
58685 Googleで検索 @所在地 香川県 仲多度郡多度津町 栄町 JR四国多度津駅前 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1922年10月30日 汽車製造 No.635 配置: 1933年3月31日 新小岩 配置: 1947年3月31日 小松島 配置: 1961年3月31日 小松島 四国最後の蒸気機関車列車78647: 1970年3月31日 牟岐線 廃車: 1969年6月17日 多度津 走行距離: 2,633,772km 保存開始: 1970年10月3日 保存時契約当事者 国有鉄道:四国総局長 相手方:香川県多度津町長 1969年12月27日 JR発足時の移管先:JR四国 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR四国(無償貸与) C参考 蒸気機関車 No45(76-9)では機関車は78647、テンダーは58685のもの、1970年3月31日に四国最後のSL列車牽引後改番のうえ保存とあります。 機関車の刻印を確認したところ機関車の動輪、ロッドなどから58685の刻印が見られますが、台枠には78647の刻印がありました。また、四国地区の8620は皆パイプ煙突に交換されていますが、78647は終末期に長野から転属してきたため化粧煙突を維持していました。 78647の車歴:(沖田祐作・編『機関車表』国鉄編I参照) 製造 1924-07-19 日立製作所笠戸工場 No.121 使用開始1924-07-19 仙台局 配置 1933-07-31 酒田 配置 1947-10 米原 配置 1955-08-01 米原 移動 1964-10-26 長野 移動 1969-03-23 小松島 廃車 1970-05-28 小松島支区 E参考資料 蒸気機関車 No45(76-9) P34-35 宇和島の鉄道とSL 井上武 蒸気機関車 No45(76-9) P40-44 四国お遍路保存機めぐり 伊藤東作 Rail Magazine No.300 沖田祐作・編『機関車表』国鉄編I 蒸気機関車編 |
58689 Googleで検索 解体: 2014年3月 @所在地 A車歴 製造: 1922年11月 汽車製造 No.614 使用開始: 1922年11月8日 早岐 配置: 直方 配置: 1933年3月31日 鹿児島 配置: 1947年3月31日 豊後森 門デフ化: 1956年6月 小倉工場 全般検査: 1969年12月3日 小倉工場 休車: 1972年6月1日 大分 廃車: 1972年7月10日 大分 保存時契約当事者 国有鉄道:大分鉄道管理局長 相手方:大分県三重町長 1972年8月17日 JR発足時の移管先:JR九州 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR九州(無償貸与) C参考 屋根付き、状態良好、診療施設のため夜間は接近不可、見学の際には許可も必要である。 2012年に紫雲荘改装のため不要となり、2012年6月ころに部品取りのため小倉工場に搬送されたという情報がある。詳細は不明 E参考資料 蒸気機関車 No74(81-7) P6-7 わが町の静態保存機 |
68635《第2動輪》 Googleで検索 |
68660《動輪・煙室扉》 Googleで検索 @所在地 鹿児島県 いちき串木野市 下名 串木野駅前 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1923年 日本車輌 No.80 使用開始: 1923年3月31日 神戸局 配置: 1933年3月31日 王寺 配置: 1947年3月1日 吉松 配置: 1961年3月31日 豊後森 全般検査: 1969年8月11日 小倉工場 移動: 1970年10月7日 若松 休車: 1973年8月11日 若松 廃車: 1973年9月20日 若松 保存開始: 1973年12月14日 B保存に関わる情報 C参考 「ふるさとの蒸気機関車」 串木野駅前に煙室扉、動輪、汽笛を保存。設置は1973年12月14日、この他、大阪城公園内レストハウス”つどい”の前には第2動輪が保存されている。 |
68660《第2動輪》 Googleで検索 |
68691 Googleで検索 @所在地 山形県 山形市 十日町4-1 第二公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1923年12月1日 日立製作所 No.105 使用開始: 1923年12月1日 仙台局 配置: 1933年3月31日 長岡 配置: 1947年3月31日 山形 配置: 1961年3月31日 大館 廃車: 1970年5月31日 大館 保存時契約当事者 国有鉄道:秋田鉄道管理局長 相手方:山形県山形市長 1969年6月23日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 現役時代は花輪線で活躍、花輪線最終まで一足早く廃車になり保存された。屋根付いた状態で保存されており、状態も良好である。 E参考資料 蒸気機関車 No69(80-9) P6-7 わが町の静態保存機 |
68692 Googleで検索 @所在地 徳島県 徳島市 徳島町城ノ内1 徳島中央公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1923年12月15日 日立製作所 No.106 使用開始: 1923年12月15日 仙台局 配置: 1933年3月31日 長岡 配置: 1947年3月31日 松山 配置: 1961年3月31日 松山 使用終了: 1970年1月7日 小松島 廃車: 1970年2月1日 小松島 保存時契約当事者 国有鉄道:四国総局長 相手方:徳島県徳島市長 1970年3月4日 JR発足時の移管先:JR四国 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR四国(無償貸与) C参考 徳島機関区ほど近い徳島城公園内に、駅舎風建物と共に屋根付きで保存されている。運転室内の立ち入りはできない。ボイラーは48681のもので運転室脇に小型のプレートがついている。 E参考資料 蒸気機関車 No69(80-9) P6-7 わが町の静態保存機 蒸気機関車 No45(76-9) P40-44 四国お遍路保存機めぐり 伊藤東作 |
78626 Googleで検索 @所在地 福岡県 遠賀郡遠賀町 広渡 総合運動公園コミュニティーセンター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1923年5月 川崎造船所 No.987 使用開始: 1923年5月12日 宮崎 配置: 1933年3月31日 南延岡 配置: 1947年3月31日 吉塚 配置: 1961年3月31日 西唐津 配置: 香椎 移動: 1967年5月12日 都城 移動: 1968年10月1日 南延岡 全般検査: 1971年5月21日 小倉工場 休車: 1974年4月25日 南延岡 廃車: 1974年8月6日 南延岡 保存時契約当事者 国有鉄道:門司鉄道管理局長 相手方:福岡県遠賀町長 1974年9月27日 JR発足時の移管先:JR九州 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR九州(無償貸与) C参考 屋根付いていますが、塗装も劣化しており、部品も盗難にあっており、やや荒廃しています。形態的にはパイプ煙突なのが残念。2004年8月の台風により屋根が吹き飛ばされてしまいました。その後復旧されました。 Dアスベストについての対応 ロープにより立入禁止 |
78653 Googleで検索 @所在地 青森県 西津軽郡深浦町 大字舮作字鍋石226-1 ウェスパ椿山駅前 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1924年10月4日 日立製作所 No.138 新製配置: 1924年10月5日 姫路 移動: 1932年5月6日 湊町 移動: 1937年12月21日 高島 移動: 1939年4月6日 常陸大子 移動: 1960年1月31日 佐倉 移動: 1961年2月7日 平 移動: 1969年10月4日 水戸 廃車: 1970年4月9日 水戸 走行距離: 2,315,379km 保存開始: 1970年9月6日 移動は70年8月27日〜28日 保存時契約当事者 国有鉄道:水戸鉄道管理局長 相手方:茨城県日立市長 1970年8月11日 JR発足時の移管先:JR東日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与) C参考 78653(汽車・電車1971年〜保存車のページ) 日立市の当時助川小学校2年生の手紙がきっかけになり保存されることとなる。当初はC12型が候補に上がっていたが、日立市へ保存するのだから日立製作所製が良いということになり、水戸機関区に製造番号138番の78653があることがわかり保存されることになった。日立市への搬入は1970年8月27日、エンジン部とテンダー部を切り離してかみね公園へ、9月6日に日立市長と、きっかけを作った女子小学生による記念式典が行われた。 保存より30年を経過した、屋根なしで保存しており、あまり整備をされていないため腐食進行した。2006年1月27日に新聞報道、410万円の予算をつけて2006年3月末までに機関車を解体することになった。一方で五能線で動態保存の準備を進める五能線活性化倶楽部に情報が入り日立市へ機関車の譲渡申請が行われた。2006年4月22日に五能線活性化倶楽部に譲渡され、ウェスパ椿山でひとまず展示されることになった。日立市では「日立ハチロク応援団」が結成され移送のための募金活動と整備も行われ、6月23日には盛大にハチロク壮行会が行われ、7月11日に日立を後に青森に旅立った。 青森までの輸送は3日間ほどかかり、7月14日に新たな保存場所である深浦町ウェスパ椿山駅前に到着、組立、修繕、塗装が行われ、7月23日にセレモニーが行われた。奇しくも五能線全線開通70周年にあたった。 旧保存場所:茨城県 日立市 宮田町5-3324 神峰動物公園 E参考資料 鉄道ファン No.114(1970-11) P104 水戸の話題 水戸区の78653号日立市に貸与決まる。 近藤明徳 鉄道ファン No.115(1970-12) P106 日立に「ハチロク」保存される。 近藤明徳 |
78675 Googleで検索 @所在地 奈良県 五條市 新町 歴史民族史跡公園 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1925年1月13日 川崎造船所 No.1033 使用開始: 1925年1月13日 神戸局 配置: 1933年3月31日 新見 配置: 1947年3月31日 三次 配置: 1961年3月31日 三次 移動: 1970年10月19日 和歌山 廃車: 1972年5月11日 和歌山 保存開始: 1972年10月17日 保存時契約当事者 国有鉄道:天王寺鉄道管理局長 相手方:奈良県五条市長 1972年8月1日 JR発足時の移管先:JR西日本 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR西日本(無償貸与) C参考 説明板です。文作成:郁仁さん 78675(Welcome to Hibiki's Homepage!) E参考資料 蒸気機関車 No69(80-9) P6-7 わが町の静態保存機 蒸気機関車 No69(80-9) P25 五条の78675 戸谷晴彦 |
78693 Googleで検索 @所在地 福島県 郡山市 菱田町1-19 JR東日本 郡山総合車両センター Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1925年8月 日本車輌 No.137 使用開始: 1925年8月27日 仙台局 配置: 1933年3月31日 米沢 移動: 新小岩 移動: 1941年11月16日 常陸大子 配置: 1961年3月31日 土浦 廃車: 1962年3月31日 水戸 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR東日本 C参考 本日郡山工場一般公開に行ってきました。当初、現存しているのかどうかも不安だった78693号機ですが、工場内の線路上に保存されていました、さすがにここ まで入って悪戯する人はいないようですが、塗装も少し落ちて、車体の一部にはこけも生えています。ただ、土崎のC51 44号機ほどは悪くはなく多少の整備をすれば大丈夫そうです(2004年7月24日:佐藤平)。 |
88622 Googleで検索 @所在地 長崎県 壱岐市 芦辺町国分東触 国分消防署前 Yahoo地図 Google地図 A車歴 製造: 1926年2月 汽車製造 No.861 使用開始: 1926年2月4日 仙台局 配置: 1933年3月31日 村上 配置: 1947年3月31日 成田 配置: 1961年3月31日 新小岩 移動: 1966年8月19日 若松 廃車: 1974年2月25日 若松 保存時契約当事者 国有鉄道:門司鉄道管理局長 相手方:長崎県芦辺町長 1974年2月28日 JR発足時の移管先:JR九州 B保存に関わる情報 管理: 所有: JR九州(無償貸与) C参考 塩害によって腐食が進行、近年整備されたが金属の質は失われている。 |
88623 Googleで検索 解体: 1983年10月 |
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